切手ペロリはどうして汚いの?
私はお手紙大好き人間です。あて先を書きあげ切手をはろうとペロリとなめたら、見ていた友だちが「汚~い」と言いました。さてこの友だちは、バイ菌いっぱいの切手を私がなめたことを汚いと言ったのでしょうか。それとも切手が唾(つば)ではられるのを汚いと言ったのでしょうか。私はいつも便利な舌ペロリでやってますが、世の人々はどうしているのでしょうか。
(青森市・二枚舌主婦・36歳)
いまどき自分の舌で切手をなめてはっている人がいるとは驚きです。なぜスタンプウエッターを使わないのですか。
僕の家にあるスタンプウエッターはやや旧式なのでサイズも大きいのですが、まあ冷蔵庫ほどの大きさです。「切手投入口」から切手を入れると、約二秒後に裏面が濡れた切手が出てきます。重宝なものなのですが、この前、どうも切手の湿りが悪いので機械を分解してみたところ、中に人がはいっていました。
「こういう仕組みになっていたんですか」
「へえ。切手ペロなめ四十年。さすがに最近は唾の出が悪くなって」
そうか、人がはいっていて舌でなめるという機構になっているために、スタンプウエッターは月々の維持費が三十万円もかかったのか。分解してみて初めて納得がいきました。テレビショッピングなどでよく売っていますが「メーカー希望小売価格○○円が、いまなら!」の声にまどわされず、新しくて唾の出のいいスタンプウエッターをじっくりと選んでください。
ところで、唾ははたして汚いものなのでしょうか。細菌学的に顕微鏡で見れば、ロ中はさまざまな菌類の温床であるようです。しかし、そんなことを言い出せば、うんこと唾はどっちが汚いか、といったむなしい論争になります。要は気の問題です。
「自分の唾は汚くないが他人の唾は汚い」
これは絶対的真理です。しかし真理に従っていては恋人とキスもできない。若干の許容区域が必要です。切手をなめるのも、ケガをなめるのもこの許容区域に入ります。
また逆に唾を悪用する手もあります。
全日本プロレスの永源遥(えいげんはるか)という選手がいますが、この人の「唾ぺっぺ攻撃」は有名で、お客も相手レスラーも逃げ惑います。こないだはとうとうタオルでさるぐつわをかまされて唾封じをされてました。自業自得です。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
切手ペロリが汚くないという感覚でいられる良い時代でした。昨今は、コロナ禍で衛生意識も高まり、食べ物でもないものに粘膜で触れる事に抵抗が強くなりました。商店のおじいちゃんが、指をなめてお釣りを数えて、時には唾液がキラリと光っている事で一日損したような気分になるので、そこはありがたい事です。
切手を貼ろうとする時、近くに水気がないことが多いので、ついつい今でも切手を舐めてしまう昭和な私ですが、私の出した郵便物の切手のあたりを撫でたり、キスしたり、頬ずりしたりする人がいないことをそこはかとなく祈っています。