相談6

「猫の額」とは、どこからどこまで

「猫の額」は「狭い」のが常識だそうですが、だれが決めたのでしょうか。そもそも猫の「額」とはどの部分なのでしょうか。うちにも三匹同居していますが、顔中毛だらけでどこが「額」やら見当もつきません。耳が後ろに向いたときなどは「でこ」らしき部分が背中までつながって果てしなく広大に見えます。「猫の額」測量法をご伝授ください。

(苫小牧市・Y・T・35歳)

らもさんの回答

 あなたはものごとを素直に見ることのできない性格ですね。ディーン・マーティンが背後霊についているのが見えます。昔々の話ですが、ディーン・マーティン・ショーにローリング・ストーンズが出演したんですね。当時ストーンズは物議の的となっていたマッシュルームカットでした。ディーン・マーティンはストーンズを紹介するのにこう言いました。

「この若者たちは別に髪の毛が長いわけではない。髪のはえぎわが異常に下にさがっていて、眉毛が上のほうにあるだけだ」 

 素直じゃないですね、ものの見方が。このときキース・リチャーズは思わずエレキギターでなぐりかかろうとしたところを、温厚なビル・ワイマンに止められたそうです。……これは嘘です。 

 生えぎわが下にあって眉が上にある。つまりディーン・マーティンは、「ビートルズやストーンズは、“猫の額”だ」ということが言いたかったのですね。ということは、アメリカには「猫の額」という便利な表現は存在しないもののようです。

 さて、なかなか本題にはいらなかったのは、猫がくるのを待っていたのです。僕の家にも四匹猫がいるのですが、なぜかこういう肝心のときになると見当たりません。気配を察するのでしょうか。しかし、いまついに長老格の「ミケ・トヨナカ」が媚びを売りながらよってきました。なるほど、猫には「生えぎわ」というものがないですね。いやがるミケ・トヨナカを押さえつけて、まず僕は「眉毛」をマジックで描いてみました。次に、耳のつけ根の辺から左右に線を引きます。しいていえばこの眉と耳線の間が「額」でしょう。 

 ミケ・トヨナカは、いま暴れながら逃げていきました。当分僕にはなついてこないでしょう。あなたがつまらないことを聞くからですよ。

中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん

松尾さんより

私たちが「猫の額」という表現を使うのは、主に自分の家や庭、住む地域の広さを謙遜するときが多いのではないでしょうか。毛の生えているところをひたいというのは不自然ではありますが、人間で言えば額に当たる猫の部位、ということなのでしょう。イタリアの俗語では、禿げのことを「ピアッツァ」と言います。本来の意味は直訳で「広場」なのですね。なんと素敵な言い回しでしょう。日本もイタリアも、場所の広さをおでこに喩えるなんて、素敵ではないですか。