「かたつむり」の謎残し去った父子
先日、僕は電車の中で父子の不可解な会話を耳にしました。五、六歳ほどの男の子がお父さんにだっこをおねだりしていたのです。子「お父さん、だっこ」。父「だっこはだめ」。子「じゃあ肩車」。父「肩車もだめ」。子「じゃあ、かたつむり」。父「……」。そこで父親が「仕方ないな」と言って“かたつむり”をしてくれたらよかったのですが、父子は電車を降りてしまいました。はたして、そのかたつむりとはどんな遊びなのでしょう。
(西宮市・ハマのジョニー・9歳)
すうどん三百円、きざみそば三百五十円、昆布うどん三百五十円、あんかけ四百円、玉子そば四百五十円……。あっ。あまりの難問に、目の前の「更科(さらしな)そば」の出前メニューを無意識のうちに写してしまいました。
かたつむりについていろいろと考えてみたのですが、思いあたるところがありません。
知人で、子供がいつも「ジャイアント・スイング」をせがむので困る、とこぼしていたのがいました。相手の両足をわきにはさんで、ぐるぐるまわす大技ですね。子供はキャッキャ言って喜ぶのですが、知人はめったにしてやりません。「わしがフラフラになるから」だそうです。これなど、けっこう変わったケースですが、その場合でも遊びの呼び名は「ぐるぐる」でした。
かたつむりねえ……。
お父さんが子供にウインクする。目を「かたつむり」。しかし、面白さに対してシビアな子供が、そんなことで納得してくれるとは思えません。
さっきから小一時間考えていて、僕はハッと気づきました。僕もあなたも、その親子にはめられているのではないか。
不特定多数の人をはめて人心を不安におとしいれるのは比較的簡単なことです。たとえば僕が知人とつるんで電車に乗る。
「この間、とうとうテスピを買ったよ」
「あ、そう。どんなテスピ?」
「二キロくらいのかなあ。腕が六本あるタイプで」
「塩抜きが大変だろう」
「うん。まだしょっぱいけど、やっぱりテスピをなめてると幸せだねえ。極楽極楽」
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
らもさんの『明るい悩み相談室』は「それぞれの家にはその家固有の奇習があり、それが奇習であることに本人たちは気がついていない」というパターンのものが多いですね。「え!そんなことしているの、うちだけなの?」というあれです。「かたつむり」は「だっこ」「肩車」があって、あるはずのものがないので「おんぶ」のことだと思います。いや、所詮はそんなもんですって。