相談3

スパゲティの音はなぜ汚らしい?

 喫茶店でのできごと。隣のおじさんが僕と同じ、スパゲティを食べていました。その音がズルズルとうるさい。「ああはなりたくないものだ」と思いながら音をたてぬよう食べていましたが、ふと考えてしまいました。同じめん類でも日本のソバやウドンは音をたてて食べるのが普通です。なぜスパゲティのときは汚らしく感じるのでしょう。教えてください。中間的存在の焼きソバ、焼きウドンの正しい食べ方もご教示ください。

(東京都・銀座せんぷー児・22歳)

らもさんの回答

 スパゲティの場合、音をたてて食べるから汚らしいのではなく、音をたてて食べてはいけないとあちこちで教え込まれているから、その固定観念のせいで汚らしく感じるのです。

 ではなぜウドンならよくて、スパゲティならいけないのか。源流をたどって考えてみましょう。両方とも発生源は同じで、中国生まれです。ウドンは最初中国で「混沌」と呼ばれていたのが「饂飩(うんどん)」になり、それが転じてウドンという呼び名に落ちついたものです。

 スパゲティは、やはり中国からマルコ・ポーロが持ち帰ってイタリアに広まったものです。

 本家本元の中国では、汁ものを食べるときは音をたてて吸うのが礼儀とされています。音をたてることが「うまい、うまい」という意思表示になるわけです。

 では、なぜイタリアのスパゲティでは音をたててはいけないのか。スパゲティの正式な食べ方は、フォークできれいに巻いてロに運ぶ。その際にスプーンを使うの、使わないのでもめている人も見ますが、だいたいそういうことです。

 ところが、西欧の歴史の中でフォークというものが登場したのは、たかだかこの三、四百年。十六世紀以降のことなのです。ではそれまではどうやってスパゲティを食べていたかというと、手で口の上に高々と持ち上げたのを下から受けて食べていたのです。

 かなりアホっぽい姿ですが、これだと音をたてようにもたてようがありません。だからスパゲティは音をたてないのです。一度焼きソバで試して店の人に笑われてください。

中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん

内田さんより

僕はうどんでもラーメンでも蕎麦でもスパゲッティでも「音を立てて啜る」のが美味しいと思うので、どこでもそうしています。西洋人がスパゲッティを食べる時に音を立てないのは、実は彼らが「啜る」という動作が苦手だからです。あれは重力の抵抗をものともせずブツを下から上に吸い上げる技なので、かなりの「吸引力」というものが必要です。これはそれなりに修業を積まないと身につきません。パリの蕎麦屋で「ざるそば」を啜って嚥下することができず、ついにまったく食べずに放棄したパリジャンを見て確認しました。