水の上を歩きたい、負けず嫌いの私
私は幼いころ、兄とその悪友たちにかわいがられていたのですが、ずっと思い悩んでいることがありました。「降ってくる雨をたくみによけて、ぬれずに走ること」「水上で、右足が沈む前に左足を出し、その左足が沈む前に右足を出して歩行すること」。兄たちにはできる、と聞かされて、私はひそかに特訓をしました。冗談とわかった今でも、雨が降ると空をにらんで、かまえて走り出したり、水たまりを見ると思わず乗ってみたりします。らも様、何とかしてください。
(岡山・高宗幸・34歳)
この「水上歩行術」は僕も小さいころ、近所の「おっきいお兄ちゃん」から教えてもらいました。ただ、それは「水上歩行」ではなくて「空中浮遊」の術でしたが、原理はまったく同じです。部屋の中から助走をつけて走り、縁側から庭先へ必死で足をバタバタさせて飛び出す、という訓練を、僕は小学校のかなり高学年であったにもかかわらず、毎日やっていたのです。
この空中浮遊の術にはほかにも方法があって、それは「自分のお尻(しり)を力いっぱいつかんで、腕の力で自分のお尻を空中へつかみ上げる」という荒業です。腕力に自信のなかった僕はこっちのほうは初手からあきらめていました。
ただ、空中浮遊の可能性を本気で信じていたあの子どものころに、途中であきらめずに、もっと練習を続けていたなら、ほんとうに「飛べて」いたのではないか、という心残りは今でもあります。
超心理学の分野ではこの空中浮遊のことをレビテーションといいますが、実際に人間が宙に浮く状態がさまざまな事例によって確認されています。瞑想(めいそう)状態に入ったチベットのラマ僧が宙に浮いているところは何人もの人が確認しています。もっと極端な例では、前世紀のヨーロッパに、自分の意思と関係なく突然「浮いて」しまうので有名な人がいました。この人は何十人もの人が見ている前で、教会の塔のてっぺんくらいまで浮いたそうです。リニアモーターカーの原理を考えれば、磁力で浮く人間がいても不思議ではありません。今からでも遅くないので頑張ってください。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
人間が生まれて今日まで(約40万年)。水の上を歩きたいと思ってきたのですが、いまだに正解はありません。発見すればノーベル賞です。どうしても正解にたどり着きたいときはミズスマシに訊くことです。ただし、それはミズスマシ語ができなければ不可能です。「英検」合格者はたくさんいますが、「ミズ検」合格者はなかなか見つかりません。その方がノーベル賞に近いとは思いますが。