ゾッとするほど「あんこ中毒」の父
私の父は、酒もたばこもやらないけれど「あんこ中毒」です。一度に三個も食べるほど、まんじゅうが大好きですが、あんこしか食べません。外出しておみやげにまんじゅうがなかったりすると、「親不孝者!」と言われます。この前はテレビでおまんじゅうを食べるシーンがあったのですが、父を見ると「あ~ん♡」と言って口を開けているではありませんか。父の究極のメニューは「あんこ・ミルク・カルピス」です。ゾッとしませんか?
(兵庫・コーヒーはブラックの娘・23歳)
お父さんはおそらくずんぐりして太鼓腹の体つきをしているはずです。そういうのを「あんこ型」のお父さんといいます。冗談はさておき、何もそう心配することはないと思います。たとえばこれがお酒好きということでもあれば、家で飲んでいる分の何倍もの量を外でも飲んでいると推定できます。街の中は飲み屋だらけだからです。ところが、こと「あんこ」に関しては、街というところはお父さんの「あんこ願望」を満たしてくれるようにはできていません。
確かに「甘党の店」というのはあります。僕の仕事場の近所にもまんじゅう屋さんの二階がそういう甘い物屋になっているところがあります。ガラス張りになっているのでこの前注意して見たら、満員の客全員が女の子でした。店内はおそらく僕の想像するところ、女の子同士の気のおけない秘密の会話や男の悪口で盛り上がっているに違いありません。
そういうところへ中年の男が一人入って、「白玉ぜんざいの大盛りください」と言うにはかなりの勇気がいるものと思われます。仮にそうしてぜんざいにありついたとしても、店内のヒソヒソ声やふくみ笑い、「ねえ、見てあの人」「まっ、日経流通新聞読みながらぜんざい食べてる」などという小声が耳に入るのでは「あんこ」の味がしないでしょう。
ですからきっとお父さんは家でだけ集中的に「あんこ生活」をしているのです。見逃してあげましょう。確かに甘い物は体に良くないでしょうが、まんじゅうの三個くらいはたかが知れています。江戸時代の大食会で、「お菓子の部」優勝の丸屋勘右衛門(まるやかんえもん)(56歳)という人は、一回で次のものをたいらげました。「まんじゅう五十個、羊かん七本、薄皮もち三十個、お茶十九杯」ねっ、お父さんなんか可愛いもんです。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
酒好きなのに、たまに甘党の人がいますな。こんな人のことを両刀使いと言いますが、上方では「雨風(あめかぜ)」と言いました。昔、北新地の飲み屋街に和菓子屋さんがあって「おかあちゃんにお土産!お土産!」と言いながら深夜まで営業されてました。そこにいた酔っ払い、お酒をガンガン飲みながら、大福餅やおはぎをつまんでベロベロになってました。「すごい雨風やなぁ」と言うと、「そうやねん、家へ帰ったら嫁が暴風雨や!」