遺骨恥ずかしがるシャイなわが祖母
うちのおばあちゃんは七十九歳ですが、とても恥ずかしがり屋です。「あたしはね、死んだあとお骨になって火葬場でみんなに見られるかと思うと、恥ずかしくって死んでも死にきれないよ」と言います。たしかに、後から「おばあちゃんてけっこう骨太」なんて言われるかと思うと、恥じらってしまう気持ちもわからないではありません。自分の骨を人に見られるのはプライバシーの侵害ですか。シャイなおばあちゃんのために早急にお答えください。
(横浜市・おばあちゃん子・18歳)
「骨を見られるのは恥ずかしい」。これが僕の結論です。なぜかというに、よくネアンデルタール人とかクロマニョン人の骨がテレビの教育番組にアップで映って、解説されていたりしますね。
「(カパッと口をあけて)縄文、弥生人の場合は、木の実、干し魚など、非常に硬いものをよくかんで食べていたと。ですからこのように奥歯が摩滅しとるわけですね」
ああいうのを見ると、〝ああ、この人はどこの何さんか知らないけど、後世になって口の中まで見られるとは思わなかったろうなあ〟と、頭蓋骨に同情してしまいます。
楼蘭(ろうらん)で発掘されたミイラにしても、ツタンカーメンのミイラにしてもそうですよね。ポンペイのベスビオ火山の犠牲者なんぞは、日常生活そのまま、灰に封じ込められたわけです。それが意に反して、百貨店の「大〇〇展」なんかでじろじろ他人に見られる。
「ま! 意外とちっちゃいんね」
「けど、足の骨なんかはけっこう太いわよねえ。あんたに似て。ほっほっほ」
「んまっ、ほっほっほっ」
なんてことを何百年後、何千年後に言われたのでは、劇的に死んだかいがありません。
やはり、骨は人に見せるべきものではない。
おばあちゃんの意見は正しいのです。だから、おばあちゃんがちょっと弱気になったときには、「骨、ほね」と言ってあげましょう。寿命もぐっと延びるはずです。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
私は老いて近頃よく歯医者の世話になっているのだが、そこには大先生と若先生が。若先生は女医さんでマスクをしているが、それでも美人だと確信する。口中を診られるのだが、これは恥ずかしい。「もう少しで歯槽膿漏になっちゃいますヨ」などと言われた時には、思わず口を閉じ女医さんの指をしゃぶってしまった。
長野県の北信では墓の中に直接骨を撒いてしまうらしい。もちろん先祖たちの骨も一緒になって最後には土に帰る。私も骨になる。あ~恥ずかしい。