六十代のペンパルにホテルへ誘われた
私にはアメリカ人の男性のペンフレンドがいます。といっても彼はもう六十いくつのおじいさんなのです。その彼がついこの前日本へ来たので、老体にさわらぬように気づかいながら京都などを案内しました。ところがその帰り、私は彼に「ホテルへさそわれた」のです。一瞬目が点になりました。知っている限りのカタコト単語を並べて、なんとか納得してもらったのですが、まさかあんなおじいちゃんが、と思うと「老人不信」におちいりそうです。
(大阪市・おばあちゃんっ子・26歳)
おそらくあなたのイメージの中では、「おじいちゃん」と「男」とがまったく別の存在として区別されているのだと思います。「男」は脂ぎっていてスケベで、すきを見せると襲いかかってくる。それに対して「おじいちゃん」はたたけば粉が出るくらい枯れきっていて、いつもニコニコしているイメージなのでしょう。
しかし、その境目のことを考えてみてください。六十歳になる何月何日を境に、「男」がポコンと「おじいちゃん」に変わる。そんなばかなことはありません。実際には「おじいちゃん」とは「年をとった男」のことで、その本質に変わりはありません。
老人の性意識の現実を知ってギョッとする人は、たいていあなたと同じような誤ったイメージを抱いているのだと思います。半身不随のおじいさんが、看護婦さんのお尻をさわりたくて、腕が動かせるようになった、という例はあちらこちらでよく聞かされます。
先日、「性生活報告書」という雑誌を読んだところ、その号は「老齢特集」だったようでたくさんの体験報告がのせられていました。中でも感動的だったのは七十いくつのご老人の例で、この人は行為の最中に脳出血で倒れ、半身不随になってしまった。懸命のリハビリを続けて、ついに一年後、再び奥さんと結ばれるのです。
性欲というのは灰になるまでなくならないとよく言いますが、僕は疑問に思います。残った灰を調べるときっとその中に性欲が残留していると思うのです。
ですから六十いくつの男性に誘われて驚くのは、驚く方が認識不足なのです。
安直に誘ってきたのは、たぶん彼が誤った日本人観を持っていたせいです。おそらく来日前に、『ノーと言えない日本人』を読んだのでしょう。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
60~70代のもと担当さん相手に似たようなことがありました。1人は以前も誘われたし「元気だ、次から声かけんのやめよ」で済みましたが、もう1人は昔はそんなこと絶対言わなかったし、妖精(30過ぎ童貞)説もあった、寅さんみたいな人だったのに。妻帯&定年デビューというのもあるのかな……。雪道で尻もちをついた老人に、「大丈夫ですか!?」と駆け寄ったら「飲み行かない?」と言われたことも。もう、驚かないようにしたいです。