相手の言葉先取り母は妖怪サトリ?
母は礼儀正しい人なのですが、なぜか相手の言うべき言葉を先に言ってしまうのです。お中元を渡しに行きながら、「ありがとうございます」。回覧板を渡しながら「ごくろうさまです」。父の友人をもてなしておいて、帰りに「ごちそうさまでございました」など。このままいくと、父の葬式には「このたびはまことにご愁傷さまで」などと言い出しかねません。どうしたらよいでしょうか。
(広島・母はまだ60・29歳)
本では古来、お母さんのようなテレパスを「サトリの妖怪」と呼んで 畏怖してきました。このサトリの妖怪は、相手の考えていることを先に先にと読んでしまうわけです。民話では、ある村の若者とこのサトリの妖怪が山中の小屋で一夜を過ごすはめになります。相手が化け物だと気づいたときにはもう遅く、若者が逃げようと考えると、妖怪は、「今、ワシが眠るのを待って逃げようと考えたな?」。スキを見て相手をやっつけようと考えると「今お前は、炉の中の太いマキでワシを殴ってやろうと思っているな?」。すべて先を読まれるので、どうすることもできません。これはもう化け物にとって食われるよりしかたがない、とあきらめかけたとき、炉の中に放り込んでおいた栗が、突然、バチンとはじけて化け物に当たります。驚いたサトリの妖怪は、「人間というのは、自分の思っていないことを急にするからこわい」と、逃げていってしまいます。
近代社会になって、こういう超能力は人間の中で退化していったようですが、お母さんなどは、弱いながらもその能力を維持しておられるのでしょう。こういう人はけっこう多いのです。ニュースを見ながら、アナウンサーの次の言葉「え、さて」だの「次のニュースです」などを先々に言って喜ぶお父さん。遠山の金さんが、二秒後に片肌を脱いで「おうおうおう」と言うことがなぜか予知できてしまう高校生。開票率がまだ10パーセントくらいなのに、「当確」と発表してしまうマスコミなど、これらはみんなサトリの妖怪の血をひいているのです。お母さんの場合、もっとこの能力を鍛練して、もう一歩先まで読むようにしたらどうでしょうか。たとえばお中元を持っていったら、「どういたしまして、ほんの気持ちです」と先に言ってしまいます。相手はお礼を言う手間がはぶけます。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
私の周りにも似た人たちがいます!話しているとその先を「あ、Aになったと」「Bだった」と何種類も提示してくるのです。その中に言いたいことがあればいいけど、その選択肢以外の展開が頭にあるときは「いやそうじゃなくて」と言うことになり、すまない気持ちになります。こういう人に出会うと私は「あ、この人予測変換キャラ」と思うようにしてます。予測変換ってすごい発明らしいので、頭のいい人たちなんだとは思うのですが。