夫をまたいでも怒られない方法
私は親から「お釜をまたぐな」と言われて育ちました。だから結婚してからは夫に同じ注意をしていました。が、ある日、ちょっと夫をまたいだら夫が「お釜はだめなのにあたしはまたいでもいいのねっ」と怒り出しました。決してそんなことはないのですが反論できませんでした。こういうときのうまい答え方を教えてください。
(北佐久郡・夫もお釜も大事な妻・30歳)
「おう、その通りじゃ。くやしかったらその頭の鉢で、米の四合も炊いてみせい」
これが一番ぴしゃりとした切り返しです。
ただし、その後、お宅の中で皿が飛び茶わんが飛び、ついにはまたいではいけない電子ジャーまで飛ぶという始末になってもぼくは一切責任を負いかねます。
「なぜ夫をまたぐのか」という問いは、根底に夫の威厳というものを横たわらせています。その場合、もっと上の権威を登場させてみるのもよいかもしれません。
「あたしはまたいでいいのねっ」
「だって、そう聖書に書いてある」
「聖書?」
「マタイ伝……」
夫君はとっさにそのおねえ言葉が出るくらいだから、なかなかユーモラスな人でしょう。たぶんこれ一発で和解になると思います。
ところで、「お釜をまたぐな」というのは比較的新しい教えではないでしょうか。なぜなら数十年前までの日本人は、「へっつい」に釜をのせて炊き、炊き上げた飯は「おひつ」に移し替えて食卓へ運んでいたのです。食卓にずでんとお釜が現れる光景はなかったはずです。これはおそらく戦後になって電気炊飯器が登場し、人々がそれを“電気釜”と呼んでいたころに発生した教えではないかと考えます。僕は初めて聞きました。
とにかく、今度またぐときには、「前、失礼します」の要領で、「上、失礼しまあすっ」とあいさつだけはしてまたぎましょう。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
らもさんに言われて、夫のセリフ、そうだったかと面白がれました。しかし、このときまたいだのが夫の体のどの部分かによって状況はかなり違うと思うんです。今家にいる猫を飼い始めた頃、私の顔を踏んで行ったりしてたので、「そういうものだと思うようにしよう」と怒らないでいたら、そのうちやらなくなりました。私は「文字を踏んだら頭悪くなるのよ」って言われて印刷物を踏まないでいたら作家になれましたよ(結果論)。