相談1

母親の大騒ぎは一種の風物詩

 僕の母は、帰ってくるなり、「あつい、あつい!」「おしっこ、おしっこ!」「おなかすいた、おなかすいた!」を連発します。勝手にやってほしいんですが、なんとかなりませんか。

(広島市・うるさい19歳)

らもさんの回答

 お手紙を読んだだけで、情景がくっきりと目の前に浮かんでくるようです。

 日曜の昼前、君が居間で静かに「ポパイ」か何かを読んでいるところへ、「あつい、あつい、あつい!」とわめきながら、お母さんが市場から帰ってきます。買い物かごからはネギがにょきっと突き出し、お母さんの手首にはなぜか輪ゴムが二、三本食い込んでいます。

 麦茶をングングッと飲んだあと、首のまわりをふきながら、「おしっこ、おしっこ!」と叫んで、スリッパをパタパタいわせつつトイレに向かって突進します。

 そして、やっと一息ついたお母さんは、今度は「おなかすいた!」を連発しながら、冷蔵庫から昨日の残りものの、カボチャの甘辛くたいたのを取り出して食べ始めるのです。

 やっと静かになったかな、と思っていると、次はカにさされたフクラハギをポリポリかきながら、「かい、かい、かい!」と騒ぎ出します。

 と、こういう風に想像してみると、これはもう典型的な「日本のお母さん」以外の何者でもありません。「あつい、あつい!」や「おしっこ、おしっこ!」は、日本のお母さんの日常生活の「ワッショイ!」であって、これによって生活にリズムと活気を与える重要な儀式なのです。これが冬になると、「さむい、さむい!」といって騒ぎ出すに決まっているわけですが、まあ一種の風物詩だと思って黙認してあげてください。

 キュウカンチョウかオウムを飼って、お母さんの口癖をしょっちゅう反復させて反省を迫るという手もありますが、おそらく日本のお母さんには通用しないでしょう。それにオウムだって案外、君の口癖の「金くれ!」を先に覚えるかもしれませんよ。

中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん

室井佑月さんより

この相談者はうちの息子じゃないだろうかと、一瞬、疑ってしまいました。でも、らもさんが「日本のお母さん」の典型であるというので、安心しました。お母さんになるとみなこのようになるのですね。それにしてもらもさんの洞察力はあっぱれです。かぼちゃの煮物のこと、なぜバレたのでしょう。子どもの頃、よく母親が食卓に出しきて、ご飯と合わないからちっとも嬉しくなかったそれですが、お母さんになったとたんなぜか好物になりました。