何でも叩いてみて音を鳴らす私の癖
私の困った癖は、目につく物すべて、一度音を出してみないと気がすまないというものなのです。友人の家に行ってもコップから戸棚まで、コンコンポンポンと手で
(奈良・一本太郎・22歳)
この癖はなるべく早めになおされたほうがいいと思います。僕のサラリーマン時代の恐ろしい体験を聞けばあなたも納得されると思います。
その日、僕たち平社員は、上司に引き連れられて小料理屋の座敷にあがって飲んでいました。この上司というのは、学生時代にハワイアンバンドをやっていた人で、楽器は弦楽器からパーカッションまで万能です。酔うといつもボンゴやコンガを叩いて歌い踊るという陽気なお酒でした。
その日もにぎやかに飲んでいたのですが、ふと気づくとフスマ一枚隔てた隣の部屋から、何やら聞き覚えのある声が聞こえるのです。のぞいてみると、いつもたいへんお世話になっている得意先の会社の重役さんが、偶然、隣の座敷で飲んでいたのでした。上司は喜んで、しきりのフスマも開け放ってしまって、いっしょに飲みましょうや、という展開になりました。合流してワイワイと杯のやり取りが始まりました。
ところで、その得意先の重役さんというのが実に見事な「きんかん頭」の持ち主でした。頭には一草木もなく、それが日焼けして油を塗ってみがいたかのごとく、ピカーッと光っています。上司は酔いがまわるにつれて、その頭をすわった目つきでながめていたのですが、ついに我慢しきれなくなったのでしょう、“ちょっと失礼”と言って、その頭を小わきにかかえました。そして鼓を打つ要領でその頭をパコーンと叩いたのです。上司は「ええ音するわあ」と喜んでパコパコ叩き続けました。もちろん次の日から発注は止まりました。そういうことですから、叩き癖はなるべくなおし、どうしても叩くなら自分のおなかくらいにとどめましょう。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
らもさんのラジオに呼んでいただいたときのこと。「私、ステージに出れば、大丈夫なんですが、演劇で本番前、緊張して、怖くて怖くて仕方ないんですよ…」と言ったら、らもさんは、「僕にも経験ありますから、怖い気持ちはわかります。でも、幕があいたら、本番は、必ず終わるんです。永遠に続くわけじゃないんです」。それで、すごく救われました。ここでのお悩みは、らもさんの他の悩み相談と同様ふざけてると思うけど、落語ズキで詳しくもあるらもさんならではの、噺家の面白い噺のようだと思う。実話かどうか野暮な話はおいといて!