非常用ボタンの誘惑に負けそうな私
街に出ると「非常用ボタン」が気になります。中でも一番気をそそられるのがエスカレーターの「非常停止ボタン」です。乗り口に立って、いつも“押してみたい”という誘惑と戦い続けています。そういえば私の母も昔、バス旅行で、何もないのに非常用ボタンの箱の戸をあけてしまって大騒ぎになったとか。やっぱり遺伝でしょうか。
(横浜市・日常用主婦・恥歳)
口に出して言うと「非常識なやつ」と思われるのでだれも言わないだけで、あのボタンを“押してみたい”と思ったことのない人間なんて一人もいないんじゃないでしょうか。
僕の仕事場のマンションでも、たまにエレベーターの定期点検というのをやっています。あれを見るとつい、「ああ、あの人たちは毎日、非常用ボタンを押し放題に押して暮らしているのだ」とうらやましくなります。今度生まれたときはエレベーターのメンテナンス会社に、と一瞬考えてしまったり。それほどあのボタンの誘惑は強いのです。
エレベーターのボタンには「非常時以外は絶対に手をふれないでください」と注意書きがありますが、急にエレベーターが止まるというような非常事態に、人間そうそう出くわすものではありません。「非常」の基準も考えてみる必要があります。
知り合いの役者に聞いた話ですが、この人は昔、スーパーなどのアトラクションの怪獣ショーでバイトをしていました。ある日、ウルトラマンの役だった彼は、バルタン星人役の友人と示し合わせて、あるいたずらを思いつきました。バイトの休憩時間に、会場近くの某マンションへ。一階からおばさんがエレベーターで上がってきます。二階から乗り込んだウルトラマンは、おばさんに、「この辺でバルタン星人を見ませんでしたか」。あっけにとられているおばさんを残してウルトラマンは三階で降りてしまいます。と、今度は四階からバルタン星人が“フォッフォッフォ”と笑いながら乗り込んでくるわけです。
こういう場合、おばさんは迷わず“非常”用ボタンを押してもかまわないと僕は考えるのですが。ところで、あれってどうにかすれば一般人でも手にはいるんじゃないですか。家のトイレにつけておいて、紙のないときなど思いっきり鳴らすというのはどうでしょう。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
こう言っては失礼だが、投稿者もらもさんも、よくまあ、毎回毎回、バカバカしい問答をなされてるものだ、と敬服する。ウルトラマンが庶民的にマンションのエレベーターを使用して移動する。バルタン星人にしても、だ。こういういたずらを考える友達が、きっとらもさんの周りには、いつのまにか、集まってきてたのだろう。でも、なるほど! と最後には思ってしまうあたり、この、明るい悩み相談室は、ほとんどきちんと悩みを解決してくれてるところが、看板に偽りなし!