いつも異臭する繁華街の不思議
御堂筋の心斎橋から難波あたりを歩いていると、いつもどこからか「ウンチ」のにおいがしてきます。あたりを見回してみてもどこにも肥だめなんかないし、ましてや衆人環視の中でそういうことをしている人などだれもいません。なのにいったいなぜ、こんなにおいがするのでしょうか。まさか通りを歩いている人がこの周辺で一斉に放屁しているわけでもないでしょうに。ひょっとしたら僕は幻臭でもかいでいるのでしょうか。
(大阪市・ロック魂・24歳)
これは常々僕も疑問に感じていたことです。何であんな悪臭がするのでしょうか。
特に徹夜あけの朝方に繁華街の人もまばらな通りを歩いていると強く感じます。これは大阪のみならず、大都市の繁華街ではすべて同じです。嘘だと思ったら新宿歌舞伎町あたりを朝の六、七時ごろ歩いてみなさい。
あの悪臭を僕はロマンチックに「街のため息」と名付けています。一夜のバカ騒ぎをやっと終わらした「街」が深くため息をつくわけですが、連日の不摂生で胃炎と歯そうのうろうを病んでいるために、あの悪臭がするのではないかと。
ただ、博覧強記を誇る僕の友人によると、あのにおいは潮の満ち引きと関係があるというのです。
明け方、夕方の満潮時になると汚水が下水のほうへ逆流してくる。そのために悪臭がするのだという意見です。「カンチョーで悪臭というのはわかるが満潮で悪臭はわからない」と抗議すると、それから相手にしてくれなくなりました。
くやしいので市役所の下水担当の方に話を聞きましたところ、満潮、干潮で逆流してくるということはありえないそうです。下水というのはすべて下水処理場へつながっているわけですから、たとえ潮が逆流してきてもその処理場でストップするからです。
人のまばらな時間帯ににおいが強いというので考えられることは、その時間帯には生活排水などが少ないので下水が勢いよく流れないため、一種のよどみができるのではないかということです。それをまた大量の路上の生ゴミが応援してるんでしょうね。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
舞台袖で全裸になったり、読者を敢えて誤読させて混乱を楽しむようならもさんですが、その実、ロマンチストな一面もお持ちでした。
明け方の繁華街の悪臭を「街のため息」と称すとはなんともロマンチックではありませんか。別のエッセイでは、ひどく落ち込んでいる夜に思わぬ友人から電話があったりすることを「その日の天使」と称したりもされていました。
高いIQをお持ちの上、長きにわたってうつ病を患っていたらもさんは、人よりも生きることの苦しさを敏感に感じていたのだと思います。だからこそ読者に「それでも人生は捨てたもんじゃない」と伝え続けてた気がします。
らもさんとしこたま呑んで帰り道。あの明け方の繁華街を思い出します。会いたいなぁ。