大声で奇語発する翻訳家の母が心配
私の母は翻訳家で、家で仕事をすることが多いのですが、そんな母が突然大声で「お父さんのお尻はまっ黒け!」と叫ぶことがあります。言うに言われぬおかしなことや変なことを思い出したり思いついたりすると出てしまうそうです。そのつど、私や父も無視するわけにもいかず考え深げに「ほんとー?」と言ってみたりするのですが、ときどき仕事先へ行く母の姿を見ていると、とても心配になります。何かよい処理法はないでしょうか。
(兵庫・私のお尻はモンチッチ・20歳)
この奇語の問題について、僕はかなり以前から考え続けていました。そもそものきっかけになったのは、五年ほど前にある女子高生からもらった投書です。この子はある日、京都行きの阪急電車に乗って座っていました。と、今まで横で眠っているものとばかり思っていた隣のおじさんが、突然顔を上げ、「わしのアパートは普通のアパートや」と言ったので、非常に驚いた、という内容です。このおじさんは何なのだろう、と僕は考えてしまいました。それからしばらくして、あるタレントさんに似たような話を聞きました。この人は自分の所属する芸能プロの社長さんといっしょに新幹線を待っていたのです。と、ホーム上でその社長が突然、「おむつおむつおむつ」と言ったのです。何なんですかと尋ねても要領を得ない答えで、どう対処していいか困ったそうです。
これらのことから僕は「竹垣理論」というのに思い当たりました。日本には昔から「隣の家の竹垣に竹立てかけたのは竹立てかけたかったから竹立てかけたのだ」という文句があります。通常これは早口言葉だと思われているが、もしかするとこれは「
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
どの迷回答も名回答に思えるのはどうしてだろう。動作は鈍いのに、らもはとにかく頭の回転が早かった。運動神経はないが、異様に頭がいいのである。「頭の良さ」の針は「賢い」と「馬鹿」の間をいつも揺れ動いた。針が振り切れる時だってある。晩年、「こんな状態でよく作家がやれますなあ」と脳を検査した医者に言われたらしい。朝になると原稿はなぜか机の上に出来上がっていた。酔っぱらった頭とは別の「別脳」があったに違いない。「別腹みたいなもんや」、と彼は言っていた。