相談3

死人と話した?随筆の描写の怪

 ある有名な人の随筆の中にあった描写です。「戦時中、弾丸の雨の中に身を投じていった兵士たちが、最後の瞬間にまぶたに浮かべたのはやはり母親の顔だった」。子にとって母親がいかに大切なものかということを言いたいのでしょうが、この筆者は死人と話ができるのでしょうか。だとしたら恐ろしいことです。

(愛媛・S・M・49歳)

らもさんの回答

 たとえば飛び降り自殺をする人は、ビルの屋上から地上に落ちるまでの数秒間のあいだに「その一生のできごとが走馬灯のようにフラッシュバック」するものだ、といいます。これはもちろん、死にそこねた人の証言をもとにしてこういうことをいうのでしょうが、「○月○日、だれの何べえ氏が体験したことに基づいてこういう表現ができた」といった根拠はあまり耳にしません。そういう根拠がたしかにあるとしても、ほんとうに死んでしまった人からは、何も聞けないわけですから、死にゆく人すべてにそういう「走馬灯現象」が起こるという仮説は立てられませんし、立てたとしても証明のしようがないのです。つまり人間の死に対する描写は、それがフィクションであれ、ノンフィクションであれ、すべては「生き残った側」の瑞摩憶測しまおくそくの域を出ようがないのです。

 伝記ものなどを読んでいると、その人物の死にぎわの段になって、「そのとき、見開かれた○○翁の目に映っていたのは、泣いてとりすがる妻や子供たちの姿ではなく、故郷を出る集団就職の列車の窓から見たまっ赤な夕焼けであった」なんて描写によく出くわします。こういうものに対して「いいかげんなことを書くな」と怒り出せばきりがないわけで、通常我々が目にするのは、生者の側が想像するそうした理解可能な「あらまほしい死」なのです。「あほらしい死」では決してありません。先年、上方落語の大巨匠が亡くなりましたが、その後、お弟子さんから聞いた話によると、師匠は臨終の床で何か言いたがっている。耳を近づけてみると、「ばば、したい」とおっしゃったそうです。辞世の一言が「ばば、したい」というのはすてきだと思うのですが、新聞などにはそのことは書かれていませんでした。死はおごそかでなければ、と生者の側が思い込んでいるからでしょう。

中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん

鈴木創士さんより

らもはああ見えてわりと怖がりなところがあったが、「死」にまつわるものを常に気にしていた。彼は辞世の句を詠まなかったと思うが、「死後の生」がどんな感じなのか聞いてみたい気がする。ある真冬の深夜だった。家に経帷子(きょうかたびら)とドーランがあったので、それを着て幽霊をやろうということになった。顔面白塗りの幽霊になって凍てつく夜道に立つのである。暗闇の中、まぬけにも我々は突っ立った。車が通り過ぎ、猛スピードで逃げて行った。家に戻ると二人ともなぜか不機嫌になった。