トイレで折り紙、変な子育て企む姉
妊娠七カ月になる私の姉は、生まれてくる子に「トイレに行って紙を使うとき、一度ツルを折ってから使うのよ」と教えるつもりらしいのです。「この世の中で思いこみほどおもしろいものはない。この子にも人様にはなかなか気づかれないような思いこみをさせてあげようと思うの。自分が人と違うことをしていた、とわかったときのおどろきはどんなものかしら」と楽しそうに言います。何と言って思いとどまらせればよいでしょうか。
(横浜市・I・K・38歳)
なかなかすぐれもののお姉さんです。自分のこどもをかつぐのに選んだ場所が、密室であるトイレの中、というのも実に周到に考え抜かれています。
これがたとえば、「おふろにはいるときにはね、タオルをかぶとの形に折って、それをかぶってからはいるのよ」といった嘘ですと、家族全員がそれにつき合わねばなりません。銭湯で一家そろって毎回タオルのかぶとをかぶるのはかなりの覚悟を必要とします。内ぶろならまだいいのですが、小学校の修学旅行なんかで嘘が露見するのは目に見えています。
その点、トイレの紙でツルを折る。この発想は完全犯罪に近いものがあります。うまくいくとお子さんは天寿をまっとうするまで、「トイレでは紙を使う前にツルを折るものなのだ」と信じるかもしれません。
もし、事が露見するとすれば、いつ、どのようにバレるのか。この辺が想像していて楽しいところですね。
案外早期にバレるのではないか、という気もします。トイレにいくことを「自然が呼んでる」とか「お花摘みに」とか、一般的なところでは「お手洗いに」と、婉曲な表現をします。お姉さんの子はきっと思春期くらいで「ちょっとツルを折りに」。
一同「???」
運よく早期露見を免れて、たとえば中学校長になった息子さん。職員会議で、
「生活指導要項の中にトイレットペーパーの使用は五〇センチまで、とあるが、これはいかんなあ。折りヅルふたつぶんじゃないか」
一同「???」
やはり最大の見せ場は、親のあなたのお姉さんが臨終の際にこどもを枕元に呼び寄せ、
「便所紙でツルを折る。あれは実は嘘だったのじゃよ。許しておくれ。ガクッ」
実にスリリングな子育てのできる、よいアイデアだと、お姉さんに脱帽しました。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
映画でも小説でも、そのおもしろさ(つまらなさ)を、みて一瞬で「わかってまう」とらもさんはいった。「それがつまらんねん」とも。「相談室」でもらもさんは、この悩みのポイントはここだと、一瞬ですくいあげて読者に提示する。
「折り鶴」の場合それはトイレという特殊なシチュエーションにつきる。臨終までもっていく親子のヒミツ。らもさんの筆は、たったこれだけのスペースのうちに、ぼくたちの目に、哀しくも可笑しい母娘の不条理劇をまざまざとみせてくれる。