「クサイ」セリフの
中に浸ってしまう
私のひそかな悩みを聞いてください。それは、女の子としゃべっていて、ボロッと「クサイ」言葉が出てしまうのです。たとえば海岸沿いにドライブに行ったとして、夕焼けの風景なんか見ていると「君とここにこれてよかったゼ」なんて石田純一顔負けのキザセリフを吐いて自分で自分に浸ってしまうのです。彼女もあきれた顔で「ちょっと、クサイわよ」と軽べつのまなざしがとぶのですが、なかなかやめることができません。なんとかならないものでしょうか。
(京都・一新太郎・28歳)
修業が足りません。「君とここにこれてよかったゼ」などという何の芸もないセリフを言うから中途半端にクサクなるのです。古今東西の文献を調べ、読んだだけで恥ずかしくなるようなクサイセリフをたくさん覚えておくといいでしょう。
たとえば月夜の渚ではこう言います。「○子さん、ほら見てごらん。あんなに遠くにある月がこうして波を引き寄せている。こんなに近くにいる君が僕を引きつけるのも無理はないね」。これは、まじめにきっちりと心を込めて言うのですが、その際、あなたが
僕が知っている中で一番クサイセリフは、北方謙三氏が実際に女の子に言った、というセリフです。「帰りな。子供に用はない。でも、どうしても大人の女になりたいなら、俺の胸でなりな」。ここまでクサイセリフを言うときには、前もって前のチャックを締め忘れておくとか、何らかのオチが必要です。ギャグにしないと、たとえ世の中は許しても自分の
僕の知人のある中年男性は、若い女の子を車にのせて夜の大阪港に行きました。遠くに見える明かりをじっと見つめて、「澄みきった夜だね。ごらん、四国の家々の灯が見えている」。ところがじっと見ていると、その灯がスーッと横に動いていく。沖合のイカ釣り船の灯だったのです。そこで女の子が、「○○さん、四国の家って横に動いてるの?」。
こういう風にオチがつくのが一番いいのです。さもないと、後で思い出して自殺したくなりますからね。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
映画『カサブランカ』の中のセリフ。「昨日はどこに?」「そんな昔のことは覚えていない」「今夜会える?」「そんな先のことは分からない」
長谷川伸の芝居の中のセリフ。
「世の中いやな事つらい事いっぱいある。でも忘れるこった、忘れて眠りゃ明日になる」お寺の鐘の音がなる。「ああ、明日も天気か」
日常の中でくさいセリフを使う時は、オリジナルではなく引用をおすすめする。