中一以来
十数年解けないひとふで書き
私は三十歳の会社員です。中学一年のときに友人から、「図のような家(上)をひとふで書きで書いてみて。コンピューターはできるんだよ」といわれて、挑戦してみたのですが、できませんでした。そのときに答えをきかずに時は流れ、たまに(五年ぶりとか)思い出してやってみるのですが、できません。会社の同僚にも挑戦してもらったのですが、だめです。これはいったいできるものなのでしょうか。この十数年来の悩みを解決してやってください。
(千葉・むこを求めて三千里・30歳)
僕の貴重な三時間を返して下さい。僕は自他ともに認める「温和な性格」ですが、今回ばかりはムカムカしております。
いま、東京の某ホテルでこれを書いているのですが、友人の「ネパール料理を食べに行こう」という誘いも断り、よその締め切りも拝みたおして延ばしてもらい、考えに考えて結局「わからないということがわかった」この三時間というのは、いったい何だったのでしょうか。どう考えても、今一歩のところで線が一本足りなくなってしまう、もしくは重複せざるを得なくなってしまいます。
別に八つ当たりをするわけではありませんが、自分が二十年近くかかってわからないような問題を、ポンと人にゲタをあずけるような態度は許せません。この問題は、あなたが自分でかかえて一生考え続け、それでもわからないときには、ひっそりと墓場まで持って行くべき問題だったのです。
人にゲタをあずけるという態度は、難問自体に対しても失礼な態度です。日ごと、夢に見るほどに考え詰めてこそ、答えというのは得られるものなのです。
先日、あるプロのギタリストからこういう話を聞きました。その人の友人に、天才的なピアノ奏者がいて、ジャズのハービー・ハンコックの曲をある日レコードからコピーしようとしました。ところが、その曲のある部分のコードが、何をどう弾いているのかさっぱりわからない。非常に複雑で、変則的な和音なのです。
何日も意地になって解読しようとピアノに向かいましたが、わかりません。すると、ある夜、その人の夢の中に、ハービー・ハンコックその人が現れて、「あのコードはこう弾くのだ」と、ピアノをたたいてみせたのです。翌朝、夢の通りに弾いてみると、まさにレコードと同じ音が出たそうです。
あなたも人まかせにせず、自分で夢に見るほど思い詰めるべきです。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
自他ともに認める「温和な性格」というのは軽いギャグとしても、原稿上で怒るらもさんというのはなかなか珍しいです。珍しくて面白い。しかも我々が日本人として生きていく為の重要で深刻な問題とかで怒るのではなく「ひとふで書き」で怒っています。それも解けないから。そしてハービー・ハンコックの曲をコピーしようとするピアニストの話まで持ち出して質問者を責める。良いですねぇ。大人げなくて。マー演出でしょうけど。