落合恵子の深呼吸対談

米中対立が激化するいま
日本は両国を仲介するための
外交努力をすべきです。

ゲスト柳澤協二さん

柳澤協二さんのプロフィール


自衛隊の海外での活動範囲を広げることを目的とした安全保障関連法が2016年に施行されてから5年。米国と中国の対立が激しさを増し、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変わりました。日本はどうすべきなのか、柳澤協二さんに聞きます。

落合恵子

第1回

米国への軍事面での貢献を約束させられた日本。

落合
柳澤さんにこの対談に出ていただくのは2015年夏号以来、2度目になります。前回の対談が行われたとき、自衛隊の海外での活動範囲を広げるための安全保障関連法(安保法制)が国会で議論されようとしている時でした。
柳澤
前回の対談を読み返したのですけど、僕と落合さん、腕組みをして相当怖い顔をしていますね(笑)。
落合
安倍政権(当時)が、安保法制成立を強行しようとしていたころですから、私も柳澤さんも怒りが湧き出ていたのかもしれません。今回のテーマもシビアなものですが、眉間にシワをあまり寄せないようにしましょう(笑)。
 さて、16年に安保法制が施行されてから5年が経ちました。この5年で日本を取り巻く安全保障環境はどう変わったのでしょうか。まず、米国と中国の対立について、どう見ておられますか。
柳澤
2021年4月16日に日米首脳会談が行われましたが、そのときの共同声明では、52年ぶりに「台湾」への言及がありました。また、香港や新疆ウイグル自治区の人権状況に対する「深刻な懸念」も示されるなど、中国に対する批判が盛り込まれました(コラム参照)。それと同時に「日米同盟の強化」と「日本の防衛力の強化」も明記されました。これは、米中対立構造において日本は米国側につくと宣言しただけでなく、米中の争いが起きれば米国の戦略に積極的に応じることを約束させられたことになります。
 いまの米国には、対中戦略のために巨額の軍事支出を追加する余裕はないので、バイデン大統領は日本にさらなる軍事貢献を求めたのです。そうした米国の思惑に、日本は完全に「乗っかった」わけです。
落合
バイデン大統領は外国の首脳として最初に菅首相と会いましたが、軍事的な協力を迫るためだったのですね。
柳澤
そうです。もちろん、中国はこれに激しく反発しました。いまや米中両国は、軍事面だけではなく政治・経済を含めた全面的な対立関係に入ったと言えます。
落合
トランプ前大統領の時代にも市場からの中国製品排除などが行われましたが、バイデン政権になってからさらに対中政策が厳しくなった印象があります。3月に日米の外務・防衛閣僚が出席した「日米安全保障協議委員会(2+2)」が開かれましたが、そこでも中国を名指しで批判しています。
柳澤
トランプ政権の外交には「相手がこうするなら自分はこうする」といった、一種の取引感覚がありました。しかしバイデン政権は「民主主義対専制主義」といった価値観やイデオロギーをベースにした理屈を前面に出している。それゆえに妥協が難しく、米中対立の激化につながっています。
 ただし、バイデン氏にはトランプ氏とは違って多国間協力を求める姿勢があります。東南アジア諸国から「中国に対してあまりやり過ぎないでほしい」という声が出れば、それを一定程度政策に反映せざるを得ません。本当なら、日本こそが首脳会談でそういう意見を述べるべきだったのですけどね。
 日本にとって中国が軍事的脅威であるのは確かです。しかし、「日米同盟の強化」や「日本の防衛力の強化」といった「抑止力」を強めるだけでは安全保障環境は改善しません。抑止力が機能するためには、相手が「戦争しないほうが自分の利益になる」と認識すること、つまり安心感を与えることが必要です。そのための対話の努力を、抑止力の強化と共に「車の両輪」として進めていく必要があります。

落合
結局、抑止力というのは、より軍事力を強化したい人たちが使う言葉のように感じます。そして、その抑止力こそが火種になる場合があると思います。
柳澤
そうですね。抑止力とは「相手が力を持っているなら、こちらはそれ以上の力を持とう」という発想ですから、軍拡競争がエスカレートして、どこまで行っても不安はなくなりません。

ボタンの掛け違いで米中が戦争になる可能性は30%。

落合
怖ろしい質問になりますが、米国と中国が、実際に戦争をする可能性もあるとお考えですか。
柳澤
2021年3月、複数の米軍高官が「6年以内に中国による台湾侵攻の可能性がある」と発言しました。それを受けて「米中戦争」の可能性に言及する報道も増えました。なかには香港の例を持ち出して、台湾も同様に中国に支配されるという意見もあります。でも、香港と違い、台湾には陸海空合わせて16万人の兵力があるので、中国が占領するのは簡単ではありません。仮に占領できたとしても市民の抵抗は続き、逆に「台湾独立」の機運が盛り上がることにもなりかねない。ですから、中国もそう簡単に台湾には侵攻しないだろうと考えるのが妥当です。
 ただ、台湾の分離独立というのは中国共産党にとって国民の求心力を左右する最も重要な問題です。そこで妥協すれば中国の指導部にとって文字通り命取りの結果につながりますから、もし米国が台湾独立を後押しするような動きをすれば中国も動かざるを得なくなります。そう考えると、何かのボタンの掛け違いで米中が軍事的にぶつかる可能性は否定できない。私は冷戦時代、米ソ開戦の可能性は1%程度しかないと思っていました。でも、米中については30%くらい戦争になる可能性があるのではないかと考えています。
落合
誤算と誤解が戦争につながることもあるわけで、私たちの想像以上に事態は緊迫しているのですね。

柳澤
1996年に「台湾独立」を掲げる李登輝氏が大統領選に立候補した際、中国は当選阻止を図ろうと、選挙に合わせてミサイル発射訓練や軍事演習で台湾を威嚇したことがあります。このとき、米国は空母2隻を中心とする17隻の艦隊を台湾海峡に派遣して中国を牽制。最終的には中国が引き下がる形で危機が収束したのですが、中国はこの経験を「屈辱の原点」として、それ以降、米空母を自由に近寄らせない軍事能力を構築してきました。「米国には邪魔をさせない」という意思表示と言えます。実際に米国と軍事衝突すれば相当な痛手を被るという認識は中国にもありますが、「衝突も辞さず」という覚悟は持っていると言えます。
落合
万が一、戦争になった場合、もちろん日本も無関係ではいられない。
柳澤
中国はいま、台湾や南シナ海での武力紛争に備えて中距離ミサイルや潜水艦の能力強化に重点を置いた軍拡を進めています。米中が衝突すれば、九州南端から台湾へ連なる沖縄本島を含む南西諸島だけでなく、「本土」も前線拠点になり、米軍や自衛隊の基地が攻撃される危険性が高まります。今回の日米共同声明で、「台湾有事」の際の米軍への支援を日本は約束したわけですから、米国が協力を求めてきたら断ることはできないでしょう。

第2回は6月16日(水)に更新します。

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落合恵子

おちあい・けいこ●1945年、栃木県生まれ。作家。『偶然の家族』ほか著書多数。


『偶然の家族』

東京新聞
税込1,540円

柳澤協二さん

やなぎさわ・きょうじ●1946年、東京都生まれ。1970年に防衛庁に入庁し、防衛審議官、長官官房長などを歴任。2004年から2009年にかけて内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)として自衛隊のイラク派遣などに関わる。『抑止力神話の先へ 安全保障の大前提を疑う』ほか著書多数。


『抑止力神話の先へ 安全保障の大前提を疑う』

かもがわ出版
税込1,980円

2021年4月16日、会談を終えて共同会見する菅首相(左)とバイデン大統領。

日米首脳会談で言及された中国をめぐる4つの問題

1

台湾海峡の平和と安定

台湾独立を掲げる民進党の蔡英文政権が16年に誕生して以降、中国は台湾周辺空海域での軍事演習を活発化。それに対して台湾は、中国の内政干渉を防ぐための法律「反浸透法」を19年に成立させるなど対決姿勢を強める。

2

中国国内の人権問題

中国北西部・新疆ウイグル自治区での少数民族に対する強制労働の疑いがあるとして国際的な批判が高まっている。また、20年6月には香港の反政府運動を取り締まる「香港国家安全維持法」が成立。弾圧が強まっている。

3

尖閣諸島に対する活動

近年、中国の公船による尖閣諸島周辺への領海侵入が増加。21年1月、中国では自国の沿岸警備隊「海警局」に、外国船の取締まりの際に武器使用を認める「海警法」が成立。国際法に抵触するとして日米両政府は批判。

4

南シナ海での不法な活動

中国は13年ごろから南シナ海の南沙諸島海域で人工島を建設し、滑走路の整備やミサイル配備など「軍事基地化」を進めている。国際司法裁判所は中国の領有権主張には法的根拠がないとしたが、中国は受け入れていない。