落合恵子の深呼吸対談

米中対立が激化するいま
日本は両国を仲介するための
外交努力をすべきです。

ゲスト柳澤協二さん

柳澤協二さんのプロフィール


自衛隊の海外での活動範囲を広げることを目的とした安全保障関連法が2016年に施行されてから5年。米国と中国の対立が激しさを増し、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変わりました。日本はどうすべきなのか、柳澤協二さんに聞きます。

落合恵子

第2回

九条と専守防衛の理念を逸脱した自衛隊の活動。

落合
そこで気になるのが、自衛隊の活動はいまどうなっているのかということです。14年7月に安倍政権は、歴代政権が行使できないとしてきた集団的自衛権を、閣議決定によって容認しました。日本はそれまで「自国が攻撃を受けたときのみに反撃できる」という「専守防衛」を国是としてきましたが、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃にも反撃できる」としたわけですね。その閣議決定を法律化したのが安保法制ですが、法が施行されてからのこの5年間で、自衛隊の活動はどう変化したのでしょうか。
柳澤
象徴的なのは、共同訓練などにおいて、米軍の艦船や航空機を自衛隊が守る「武器等防護」が急増したことです。17年には2件だったのが、20年には25件と、10倍以上に増えています。つまり、平時においても米軍と自衛隊の「一体化」が強化されているわけで、自衛隊が戦争に巻き込まれる可能性は格段に高まっています。例えば、米中が台湾海峡で偶発的に衝突したときに米艦防護の任務を負った自衛隊がそこにいれば、そのまま戦争に巻き込まれることになります。
 また安保法制では、放置すれば日本の平和や安全に重要な影響を与える「重要影響事態」の際に、自衛隊が米軍に弾薬補給などの後方支援にあたることを可能にしたので、自衛隊の活動範囲はいっそう広がっていくでしょう。
落合
そうした任務拡大を視野に入れて、兵器の開発・購入などにも莫大な予算が費やされています。21年度の防衛費は過去最高の5兆3422億円となりました。敵基地攻撃を可能にするような武器の開発予算も含まれているようですね(コラム参照)。
柳澤
長射程ミサイルなどの配備が急ピッチで進められています。また、南西諸島での自衛隊駐屯地の軍事基地化も加速していて、奄美大島、宮古島、石垣島でミサイル基地を建設しています。その新基地の主装備として「島嶼防衛用高速滑空弾」を開発中です。これは低空で複雑な軌道で飛行するため迎撃が難しいミサイルなのですが、使い方によっては中国の基地や艦船への攻撃兵器になります。
 さらに、18年から自衛隊は「インド太平洋方面派遣訓練部隊」を編成し、南シナ海とインド洋に艦船を派遣して米豪印軍との共同訓練をしています。これはもう「日本の防衛」ではなく、米国の「覇権防衛」のための行動です。
落合
自衛隊の役割そのものが大きく変わってきているわけで、もはや「専守防衛」とはとても言えませんね。

柳澤
「降りかかった火の粉は払うけれど、それを超えたことはしません」というのが、戦争も軍隊の保持も禁じた憲法九条を持つ日本の特色でしたが、現状はそれを大きく逸脱しています。本来は「専守防衛」に徹することで、「日本は絶対に自分から攻撃を仕掛けない、だから日本を警戒したり、敵視したりする必要はない」というメッセージを、周辺諸国に発信していくべきだと思うのですが……。

アジア諸国と連携して米中戦争を回避すべき。

落合
もし米中で戦争となったとき、どんな展開になるとお考えですか。
柳澤
どちらかが一方的に勝ったり負けたりすることにはならず、どこかの時点で「棲み分け」による引き分けで終わるしかないでしょう。米国も中国も最終的に相手の国を征服しようなんてことはまったく考えていません。要は、互いの勢力圏をどこまで認めるかという問題です。ただ、お互いに納得できる「棲み分け」ができるまでには、最低でも10年、長ければ30年はかかるでしょう。その間、米中が対峙する東アジアでは不安定かつ危険な情勢が続きます。
 米中戦争が起きれば、先ほど申し上げましたとおり、日本は確実に巻き込まれます。米軍機は日本の基地から出撃し、中国は沖縄をはじめ日本の国土を攻撃対象にして、日本列島は戦場になるでしょう。民間にも多大な被害が出ます。米中戦争が起きれば、どちらが勝とうが、戦争になった時点で日本にとっては「負け」なのです。

落合
何よりも、その戦争を回避するために、日本が考えるべきことは何でしょうか。
柳澤
米中戦争は日本だけではなく、東アジア全体に被害をもたらします。いまこそ、利害関係を共有する韓国やオーストラリア、そしてASEAN(東南アジア諸国連合)などと連携すべきです。ASEANの中には中国と領土・領海などを巡って対立している国もありますが、彼らは「米中いずれか一択」ではない選択肢を求めています。米中二極の間に割って入る枠組みを東アジアに作って、集団で対話を重ねていく道を模索するしかありません。
 繰り返しますが、安全保障政策は「抑止力」と「対話」の両輪がなければ機能しない。米中対立が激化するいまだからこそ、日本はそれを仲介するための外交努力をすべきです。
 もちろん、人権侵害など中国のしていることには「けしからん」と言うべきこともあります。しかし、それと「戦ってやっつけるべきだ」というのは別の話。戦争になれば、日本もアジアもめちゃくちゃになるのですから、「戦争を避けよう」というのは、理想論ではなくむしろ現実的な目標なのです。
落合
戦争をしない、させないというのは、本来ならば外交の基本でなければいけないはずですが、菅政権は日米同盟を強化することに前のめりです。
柳澤
昔のように米国に頼っていれば大丈夫という時代ではないのに、ますます米国に依存して、それゆえに戦争に巻き込まれる危険性を自ら高めている。残念ながら、それが日本のいまの状況です。

第3回は6月23日(水)に更新します。

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落合恵子

おちあい・けいこ●1945年、栃木県生まれ。作家。『偶然の家族』ほか著書多数。


『偶然の家族』

東京新聞
税込1,540円

柳澤協二さん

やなぎさわ・きょうじ●1946年、東京都生まれ。1970年に防衛庁に入庁し、防衛審議官、長官官房長などを歴任。2004年から2009年にかけて内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)として自衛隊のイラク派遣などに関わる。『抑止力神話の先へ 安全保障の大前提を疑う』ほか著書多数。


『抑止力神話の先へ 安全保障の大前提を疑う』

かもがわ出版
税込1,980円

安保法制施行から5年
任務内容と活動範囲が拡大した自衛隊

安保法制が施行された2016年3月以降、自衛隊の任務内容と活動範囲は拡大している。
訓練など平時にも外国の艦船や航空機を守ることのできる「武器等防護」は安保法制で可能になった任務の一つ。米軍に対する防護の実績は17年の2件から始まり、18年16件、19年14件、そして20年には25件と増加の一途をたどっている。
他国軍との共同演習での自衛隊の活動範囲も拡大。安保法制施行以前、海上自衛隊の南方での主な活動範囲は尖閣諸島がある東シナ海までだった。それが18年に「インド太平洋方面派遣訓練部隊」を編成したあたりから活動範囲は拡大し、南シナ海やインド洋での米軍等との共同訓練が常態化している。
防衛費も増大を続けており、21年度まで7年連続で過去最高を記録。増えた予算によって、敵基地攻撃可能な兵器の開発・整備が進んでいる。海上自衛隊の「いずも型」護衛艦を戦闘機の発着を可能にするため「空母化」し、空母上で運用可能な米国製戦闘機F35Bを計42機導入。さらに敵基地攻撃に利用できる長射程のミサイル開発も進めるなど、専守防衛の範囲を超えた武力の保持が進められている。