落合恵子の深呼吸対談

米中対立が激化するいま
日本は両国を仲介するための
外交努力をすべきです。

ゲスト柳澤協二さん

柳澤協二さんのプロフィール


自衛隊の海外での活動範囲を広げることを目的とした安全保障関連法が2016年に施行されてから5年。米国と中国の対立が激しさを増し、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変わりました。日本はどうすべきなのか、柳澤協二さんに聞きます。

落合恵子

第3回

敵基地攻撃兵器よりも海上保安庁の拡充を。

柳澤
一番問題なのは、「中国が怖いから日米同盟強化で抑止力を高めるんだ」と、みんなが同じ方向を向いていて、他の選択肢についての議論がないことです。なんとか別の道筋があることを示したいと思い、私も参加しているシンクタンク「新外交イニシアティブ」で「抑止一辺倒を越えて」という提言を2021年3月に出しました。ここまでお話ししてきた、安全保障は抑止力だけでは成立しないということを具体的な事例をあげて書いています。
落合
今の日本では、メディアも含めて「違う選択肢」にフタをしている感じがしますが、提言は説得力のある内容でした。提言では、海上保安庁の拡充が急務だと述べておられますね。
柳澤
いま、中国が領海侵入を続けている尖閣諸島周辺での監視行動に当たっているのは12隻の巡視船ですが、海上保安庁には大型船が70隻弱しかありません。対して、中国海警局の保有する大型船は130~1 50隻とも言われており、海上保安庁の対応能力が限界に達していることは間違いありません。しかし、自衛隊が出て行ったら戦争になってしまうので、いまは「警察力」である海上保安庁を前面に出して抵抗の姿勢を維持しつつ、政治的解決の道筋を模索するしかない。安全保障の最大の目的は、何よりも「戦争を回避すること」ですからね。
落合
敵基地攻撃兵器のために莫大な予算を充てるのではなく、他に予算を充てるべきテーマは多々あります。
柳澤
日本の政治家のなかには「中国が尖閣諸島を取りに来るのだから、戦うしかない」なんていう考え方の人がいますが、一度相手を追っ払ったら終わりではなく、争いは永遠に続きます。そのことを分かっていて発言しているのだろうかと、不思議に思います。

落合
しかも、「誰が」戦いに行くのかといえば、自衛官です。
柳澤
そうです。いま自衛隊に入ってくるのは、災害支援などの活動を見て「自分も人の役に立ちたい」と思ったという若者たちが大半です。彼らの命の重みを考えれば、戦争より政治解決を目指すのが政治の最大の責任です。
 私が「戦争」というものを考えるときの原点になっているのが、04年からの自衛隊イラク派遣を防衛官僚として統括した経験です。私の判断で自衛官が犠牲になる可能性もあったわけで、本当に一人の命も失われなくてよかったと、振り返るたびに思います。
落合
眠れない夜もあったそうですね。
柳澤
はい。外交で戦争を避けることはできなかったのか。避けられたのに避けなかったのならそれは無駄な戦争であり、もし人を死なせたら、それは無駄死にさせたということではないのか。そうなっていたら私に責任があったのではないか。そんなことを、安保法制施行以降のこの5年で、より深く考えるようになりました。

有事のリスクだけでなく平時の負担も増える沖縄。

落合
最後に、沖縄の米軍基地問題についてもお伺いしたいと思います。米中対立の激化は沖縄にどんな影響を及ぼしているのでしょうか。
柳澤
すでにお話ししたように、米中戦争の際には沖縄のリスクが高まるわけですが、それだけではありません。米国は中国に対抗するためにインド太平洋軍の強化を図っており、沖縄では普天間基地での軍用機の離着陸回数が増加し、騒音や事故の危険といった「平時の基地負担」が増大しています。
落合
辺野古の新基地についてはどうですか。先の日米共同声明にも辺野古の新基地建設が明記され、沖縄の負担軽減には道筋は示されませんでした。
柳澤
実は、米中対立の激化は沖縄の米軍基地のあり方にも大きな影響をもたらしています。辺野古の新基地は、普天間基地に駐留する海兵隊の新たな拠点として建設が進められていますが、その海兵隊の役割も変わってきている。これまでのように、大規模な基地を拠点にして上陸作戦を担うのではなく、離島に分散してミサイル発射施設や航空基地を構築することが主な任務になりつつあります。つまり、辺野古に基地を造っても、米軍の目的に合わなくて使われない可能性もあるのです。
落合
そもそも辺野古基地は、軟弱地盤の問題(コラム参照)があり、建設は不可能とも言われています。
柳澤
日本政府も本当は「できない」と分かっているのに、沖縄との対話を拒み続けるために「辺野古が唯一の選択肢」と繰り返しているのでしょう。
落合
普天間基地の返還合意から今年で25年、来年は沖縄の日本への復帰から50年を迎えますが、沖縄の基地負担は一向に軽減されません。

柳澤
ご存じのように、国土面積の約0.6%でしかない沖縄県に、在日米軍専用施設の70.3%が集中しています。2021年2月に玉城デニー沖縄県知事は「当面は50%以下(までの削減)を目指す」と表明しましたが、この声に私たちは耳を傾けなくてはなりません。
落合
今日お話しいただいた「米中対立と日本の選択」というテーマは、若い世代の方たちの将来にも大きな影響があります。柳澤さんはお孫さんが2人いらっしゃるそうですね。
柳澤
中2の女の子と中1の男の子がいます。
落合
お孫さんたちの世代に、私たちの世代ができることは何でしょうか。
柳澤
「子や孫にこの平和な国を残さなくてはならない」と言う方がいらっしゃいます。もちろん、それはそれでいいのですが、次の世代がどういう国をつくるかは彼ら自身にかかっています。だから私は、彼らが何かの壁にぶつかったときのために、できるだけ知恵を残しておきたいと思うんです。それも「お説教」ではなくて、自分が何について、どんなふうに考えていたのかを伝えたい。「金は残さないけど、知恵は残したい」ということです(笑)。
落合
今日のお話もまさにそれですね。
柳澤
はい。いつか孫たちに「じいちゃんはこんなことを考えていたのか」と分かってもらえればと思っています。

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落合恵子

おちあい・けいこ●1945年、栃木県生まれ。作家。『偶然の家族』ほか著書多数。


『偶然の家族』

東京新聞
税込1,540円

柳澤協二さん

やなぎさわ・きょうじ●1946年、東京都生まれ。1970年に防衛庁に入庁し、防衛審議官、長官官房長などを歴任。2004年から2009年にかけて内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)として自衛隊のイラク派遣などに関わる。『抑止力神話の先へ 安全保障の大前提を疑う』ほか著書多数。


『抑止力神話の先へ 安全保障の大前提を疑う』

かもがわ出版
税込1,980円

予算は当初の2.7倍に膨らみ完成までに12年もかかる辺野古の新基地

多くの沖縄県民の反対の声を押し切り、2018年12月から埋め立て工事が始まった辺野古の新基地建設現場。しかし、埋め立て予定海域の北側には「マヨネーズ並み」とも言われる広範な軟弱地盤があり、建設を継続するには大規模な地盤改良工事が必要だ。そのため、建設予算は当初の予定から大幅に膨らみ、総工費は最大で従来の2.7倍の9300億円になると政府は再試算した(沖縄県の試算では2兆円以上とも)。
埋め立ての工期も当初想定の5年から約9年3ヵ月に延び、飛行場整備も含めた事業完了までに約12年かかるとしている。そのため、玉城デニー沖縄県知事は今年2月の県議会で「普天間飛行場の1日も早い危険性除去につながらない」として工事の中止を改めて求めた。
埋め立てに用いられる土砂についても問題が山積。19年には、土砂の購入単価が通常の1.5倍超だったことが国会で追及された。また、沖縄本島南部の糸満市など沖縄戦戦没者の遺骨が残る地域からの土砂採取も予定されており、軍事基地の工事に戦没者の遺骨の混じった土砂が使われる可能性があるとして批判の声が噴出。5月に玉城知事は、土砂採取業者に採取前に戦没者の遺骨の有無を確認することを盛り込んだ措置命令を出した。