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落合恵子の深呼吸対談:菅谷昭さん(松本市長・医師)の巻

福島の甲状腺検査を丁寧かつ早急に進めるために全国の専門医に集まっていただくべきです

何を誰を信じればいいのか。福島の保護者は今なお、不安で胸を押しつぶされる日々の中に。チェルノブイリ原発事故後に大学病院を退職。甲状腺の専門医として、ひとりの人としてそこで体験し学び得たことと「福島のいま」を重ねての詳しい情報を、このひとに!(落合恵子)
構成/柴口育子 撮影/細谷忠彦

落合 菅谷さんはいま松本市の市長(3期目)ですが、もともとは甲状腺の専門医で、1986年のチェルノブイリ原発事故以降、現地で子どもの甲状腺がんの治療をされてきました。

菅谷 はい、91年から子どもたちの検診などをするために被災地ベラルーシ共和国をたびたび訪れ、96年から5年半は現地に移住して甲状線がんの手術など医療支援に従事しました。当時、通販生活には私の現地リポートが定期的に掲載されていましたので読者の皆さんはよくご存じだと思います。

落合 いま福島県では、原発事故が起きたときに福島に住んでいた方たちの「県民健康管理調査(以下、健康調査)」が行なわれています。特に子どもの甲状腺検査について心配している保護者がたくさんいらっしゃいます。今日は菅谷さんにチェルノブイリでの経験を踏まえて、甲状腺検査などについて具体的に教えていただきたいと思います。

菅谷 分かりました。

落合 福島県の甲状腺検査の結果を見ると、「結節や嚢胞(のうほう)を認めなかったもの」をA1判定とし、「5・0ミリ以下の結節や20・0ミリ以下の嚢胞を認めたもの」をA2判定と分類しています。そして2次検査が必要なものをB判定、C判定としています(下表参照)。
 この判定基準については色々な意見がありますが、特に評価が分かれるのは40%以上もいるA2判定についてです。福島県は、A2判定は2次検査の必要なしとし、「次回(2014年度)の検査まで経過観察」としています。結節や嚢胞があるのにこれでよいのでしょうか。

菅谷 そのことを福島のお母さん、お父さんたちに判断していただくためには、結節や嚢胞についてもう少し説明する必要があります。「何ミリの結節がある」「何ミリの嚢胞がある」などと言われても、ほとんどの方は正確な意味が分からないと思います。

落合 私も、どのように違うのか詳しくは分かりません。

菅谷 医学的には腫瘤(しゅりゅう)と言いますが、結節も嚢胞も「しこり」です。かんたんに言いますと、液体だけが溜まっているしこりが嚢胞で、肉のかたまりが結節と考えてください。その結節にも良性と悪性の腫瘍があり、悪性が甲状腺がんです。

落合 結節は悪性のものだけが問題だと考えてよいのでしょうか。

菅谷 基本的にはそれでけっこうです。ただ厳密に言うと、いま福島では超音波検査で嚢胞あるいは結節と判定していますが、これは最終診断ではありません。悪性の疑いがある結節でも、手術をして、その組織を顕微鏡で見て初めてがんかどうか確定できるのです。まあ、ここら辺の話をすると余計分かりにくくなりますから、嚢胞は液体のかたまりで、結節は肉のかたまりであって、悪性の結節が甲状腺がんだと覚えてください。

落合 はい。それで最初の質問に戻りますが、A2判定は20・0ミリ以下の嚢胞や5・0ミリ以下の結節があっても2次検査の必要なしとされています。子どもが2次検査の必要なB、C判定と診断されても保護者はもちろん心配でしょうが、嚢胞や結節があるのに2次検査の必要なしと言われてもまた心配になる方もいると思います。

菅谷 いま、福島の子どもの甲状腺に関して心配しなくてはいけないのは甲状腺がんで、嚢胞は心配しなくていいと思います。僕も福島の方から相談を受けることがありますが、「子どもに嚢胞があると診断されたのですが、どうしたらいいのでしょう」と心配される方もいます。そのとき僕は「嚢胞でよかったじゃないですか」と言うんです。完全な液体のかたまりである嚢胞は本来がんになることはあり得ませんからね。

落合 嚢胞はどう対応すればいいんですか。

菅谷 そのまま置いておけばいいんです。検診は2年に1度でいいし、大きい嚢胞でも1年に1度でいい。嚢胞は成長と共に消えることもあるので手術も必要ありません。

落合 嚢胞が大きくなっても大丈夫なのですね?

菅谷 たとえば針を刺して液体を抜けばいいのですから心配はいりません。ただし、A2と判定された方の中には結節が見つかった方もいますので、これはいずれがん化する可能性もありますから、検査は1年に1度などこまめにする必要があります。

落合 結節と嚢胞の違いをそのように説明していただけると、安心される保護者も多いでしょうね。最近は福島県による甲状腺に関する説明会などが開催されていますが、検査開始当初は結果を書いた紙を送るだけで「説明不足」と批判されました。
 説明不足ということで言えば、「自分の子どもが超音波検査を受けているとき、甲状腺の状態を映した画面を見せてもらいながら説明してほしい」という保護者の要望も数多くあります。できればその画像も印刷して手元に置きたいという方もいるのですが、いまのところその場での説明も画像の受け取りもできない。画像がどうしても欲しければ情報公開請求をするしかないのですが、自分の甲状腺の画像を見るためにわざわざそんなことをするなんておかしいですよね。せめて、その場で詳しい説明をするぐらいはできないのでしょうか。

菅谷 甲状腺の状態を超音波検査しながら説明するのは、そんなに手間のかかることではありません。画面を見ながら嚢胞や結節の大きさや数などを説明してあげれば保護者の不安も少なくなるでしょう。
 確かに36万人の子どもを2年半で検査するのですから、これは大変な作業です。もし、検査や丁寧な説明をするためのマンパワーが足りないんだったら、できれば日本全国の甲状腺の専門医に福島へ行ってもらえばいいんですよね。チェルノブイリ事故当時はソ連というある種の独裁国家だったということもありますが、原発事故を受けて非常事態省という役所ができて医師たちは半強制的に現地に行かされました。申し訳ないけれども、日本も全国の甲状腺の専門医たちに福島に行っていただき、それぞれが検査をして保護者に丁寧に説明すれば、多くの人が早く安心できたのではないかと思います。

落合 私も国が主導してもっと人手をかけて検査や説明を丁寧に、そして早くすべきだと思います。保護者の気持ちを考えれば2年半もかけて検査をするのは遅すぎます。福島県で甲状腺検査を主導する方たちはチェルノブイリを例に出して「原発事故の影響による甲状腺がんは事故後4~5年して現れた。だから急ぐ必要はない」と言います。そういう考えがマンパワー不足や対応の遅れにつながっているのではないでしょうか。
 そもそも、甲状腺がんは原発事故から4~5年後にしか現れないという説ですが、チェルノブイリでは事故の翌年やその次の年にも甲状腺がん患者が多少ながらも増えています(下グラフ参照)。4~5年後からがんが増えたのは、事故直後のソ連では甲状腺がんについて詳細に調べようがなかったということではないでしょうか。

菅谷 事故当初、高汚染地域の一部では超音波検査はやっていましたが、国全体が経済的に厳しい状態でしたから福島のような系統的な形での検査はできていなかった。僕がベラルーシに行った当初も、大きな病院には超音波検査機はありましたが、地方の病院にはありませんでした。90年代に入ってからようやく海外のNGOが超音波検査機を持ち込み、徐々にしっかりとした検査ができるようになりました。いまの日本のような高性能の機器を使っていたら、もっと早く多くのがんのケースが発見された可能性は否定できないと思います。

青森・山梨・長崎3県で実施された甲状腺検査。

落合 2月13日に福島県が発表した健康調査の結果を見ると、2011年度に検査した3万8114人の中から甲状腺がんの子どもが3人出ました。県の発表では、あと7人も約8割の確率でがんの可能性があると言われています。自然発生する子どもの甲状腺がんは100万人に1~2人と言われていますが、約3万8千人に3人という確率をどう考えたらよいのでしょうか。

菅谷 これは単純に比較してよいかどうかやや難しい面があります。何らかの自覚症状があって検査を受けたら甲状腺がんだと分かったというのが「100万人に1~2人」という数字で、福島の「約3万8千人に3人」というのは自覚症状がない子も含めて一斉に検査をした結果です。そのため、この2つの数字を単純比較してよいかどうか、統計的にも疫学的にも様々な考え方があります。ただ、福島県も発表しているように、3人の子ども以外にさらに7人の子も8割の確率でがんの疑いがあるわけですから問題はないとは言えません。僕はがんの疑いがある7人の子どもの治療状況が非常に気になっていて、早く手術をして結果を出してあげてほしいと思います。もうすでに手術をしているのかもしれませんが。

落合 手術を急ぐ理由は何なのですか。

菅谷 チェルノブイリでは、国立甲状腺がんセンターだけで子どもの手術をしましたので、データが非常にしっかり残っています。それによると、子どもの甲状腺がん患者のうち6人に1人が肺に転移しているんですね。ですから、甲状腺がんの疑いがあるのだったら早く手術をしたほうがいいと思うんです。一般的に甲状腺がんは予後のよい病気だと言われていますが、臓器転移に関してはもっと配慮すべきです。

落合 福島の子どもたちの甲状腺検査の結果が果たして問題ないのかどうかを調べるために、環境省は昨年11月から青森、山梨、長崎の3県で4365人の子どもの甲状腺検査を実施しました。その結果が3月末に発表されましたが(前頁参照)、A2判定は福島の41・2%に対して3県が56・6%、B判定も福島の0・6%に対して3県は1%。いずれも原発事故のあった福島県よりも原発事故のなかった3県のほうが嚢胞や結節が見つかった割合が高いという結果が出ました。これで福島県の結果が異常ではないことが証明されたという意見もありますが、このことについてはどうお考えですか。

菅谷 環境省の報道発表資料にも書いてありますが、今回3県で行なわれたのは「甲状腺有所見率」の調査であって、甲状腺がんの診断を目的とした検査ではありません。「有所見率」、つまり3県の子どもにおける嚢胞や結節の割合を調べ、それを福島と比較することが目的だったわけです。結節、嚢胞共にその割合は福島とほぼ変わらないと言えます。僕は、3県の調査で結節があると認められた72人(1・6%)の中に、悪性腫瘍、つまり甲状腺がんの子どもがどれぐらいいるのかを知りたいんです。その割合と福島の甲状腺がんの子の割合を比較することで初めて、福島の子どもたちが放射線の影響を受けているかどうかが分かります。ですから、今回の3県に関する超音波検査の結果を福島の結果と比較してみても、福島の保護者たちが最も心配している放射線の影響について語ることはできないのです。

事故から10年後にがんが急増したチェルノブイリ。

落合 福島県の健康調査に関しては国がもっと関わっていくべきだと思いますが、国はもっぱら除染に巨額な費用を投入するばかりです。

菅谷 国は県外に避難している人たちを福島県に帰還させることを考えているから、除染の必要性を盛んに言うのでしょう。

落合 除染の手抜き問題が一時期問題視されましたし、汚染された土や水の保管場所の問題もあります。私は基本的に除染の効果に疑問を持っているのですが。

菅谷 チェルノブイリを見てもわかるように除染はそんなにかんたんではありません。除染していったん放射線量が下がった場所でも再び高くなります。特に森林などは難しく、5年や10年かけてもすべての放射性物質を取り除くのは無理でしょう。ベラルーシにはチェルノブイリ原発事故によって「汚染地域」に指定された場所がありますが、福島県ではそこと同程度の放射線量の地域に子どもや妊婦が住んでいます。僕は原発事故以降ずっと、これらの放射線量の高い地域から子どもや妊婦は他の地域に移住したほうがいいと言っています。

落合 政府は、まずは現在の状況を知らせるべきですよね。

菅谷 今後、子どもの甲状腺の状況がさらに明らかになると、国も方向転換をしなくてはいけないときが来るかもしれません。

落合 やはり甲状腺がんの数が増えることは避けられませんか。

菅谷 内部被ばくは時間が経過してから症状が出てきますので、残念ですがその可能性がないとは言えません。ベラルーシでは、事故が起きた86年は小児甲状腺がんは2例でしたが、87年4例、88年5例と増え、その後は急増して事故から10年後の95年には91例となりました。延べ人数では、事故前の11年間で小児甲状腺がんは7例だったのが、事故後11年間で508例と、実に72倍も増加しています。福島でも同じようなことが起きなければよいがと思っています。
 さらにいえば、甲状腺がん以外の病気も心配です。軽度の汚染地での低線量被ばくによってでも、場合によっては将来いろいろな症状が出てくる可能性があります。ベラルーシの医師が教えてくれたのですが、現地では身体の抵抗力が落ちている子どもが増えているそうです。風邪が治りにくかったり、感染症にすぐかかったり、また疲れやすく貧血も増えている。骨髄などがダメージを受けているのでしょう。加えて、未熟児や早産や流産、先天性異常など出産に関わる影響も増えているそうです。
 もちろん、これらの症状と低線量被ばくの因果関係は科学的に証明されていません。でも、だからといってチェルノブイリの被災地で起きていることを無視するのではなく、可能性も含めて慎重に検討し、汚染地で暮すことについて改めて考えないといけないのだと思います。

落合 福島の健康調査に関しても、そのことは当てはまると思いますが。

菅谷 長期間の低線量被ばくが身体にどのような影響を与えるのか、まだ分からないことがたくさんあります。だからこそ福島の健康調査についても、「見つかった甲状腺がんは放射線の影響とは考えにくい」と否定するのではなく、もっと慎重に考えるべきではないでしょうか。

松本市では全小中学校の給食の放射線を測定。

落合 菅谷さんは、個人としてだけでなく松本市長としても福島支援や放射能対策に取り組んでいます。高度に汚染された飯舘村から避難している子どもたちを松本市でのキャンプに招待したり。

菅谷 最初に飯舘村の菅野村長にお会いしたとき、「お子さんたちを松本にお呼びしたい」とお誘いしました。ベラルーシの子どもたちも夏には放射能の心配をしなくてもよい地域に保養に出かけていましたのでね。汚染されていない物を食べて、そこで数日過ごすだけでも、体内に蓄積された放射性物質を体外に排出して内部被ばくを軽減する効果があるんです。そして精神面でも。

落合 具体的にどのような保養をされたのですか。

菅谷 去年の夏休みと冬休みには、飯館村の小中学生を招いて「信州まつもとこどもキャンプ」を開催しました。松本市民と一緒に、夏は芋掘りや川で魚の掴みどりをしたり、冬はスキーをしたりしました。

落合 放射能のことを考えずに自然の中で遊べるのは楽しかったでしょうね。

菅谷 僕は、チェルノブイリは福島の25年先を行っていて、たぶんさまざまなことにおいて福島はチェルノブイリの「後追い」をするのだろうと思っているんです。ですから、チェルノブイリの経験に沿って僕個人として、そして松本市としても保養だけでなくいろんなことをやっています。

落合 被災地から避難した人の受け入れを震災後すぐに松本市は始めましたよね。空いていた市営住宅や教員用住宅に入っていただくという。当初は2年間の無料貸し出しということでしたが、2年を過ぎてからはどうなりますか。

菅谷 2015年3月末まで2年間延長することを、市議会と相談のうえ昨年12月に決めました。

落合 ほかにも被災者の方々への健康診断支援やお子さんのいる世帯への保育所入所や幼稚園入園に関する支援などもされています。それから、震災直後から空間線量の測定や給食の放射線測定もしていますね。

菅谷 空間の放射線測定は各自治体も行なっていますが、松本市でも小学校をはじめいろいろな場所で測定しています。給食の測定は、毎日のことなので手間も時間もかかりますが、子どもの命と安全を守るために必要なことです。当初ウクライナの基準値(野菜40ベクレル/キログラム)を目安とした松本市独自の基準を定め、2011年10月から市内4つの給食センターで食材の測定を開始しました。2012年度からは検査体制を強化し、自然放射線量を超えたものは、より精度の高いゲルマニウム半導体検出器で精密検査をします。もし放射性物質が検出された場合はその食材は使用しません。特に放射能汚染が心配される魚類や干し椎茸などは、最初からゲルマニウム半導体検出器で検査をしています。
 もちろん、これらの取り組みは市民の皆さんの理解と協力があって初めてできることです。こうした松本市の取り組みがモデルケースとなって、各地に広がりつつあり、うれしく思っています。

落合 松本市の取り組みは、まさに市民一人ひとりに目を向けた政策です。それに比べて、一部の政治家や自治体の首長は子どもを「集団」としか見ていません。

菅谷 僕はそういう人たちに対しては「もしあなたがその子どもの親であったらと考えてください」と言うんです。

落合 菅谷さんの『新版 チェルノブイリ診療記 福島原発事故への黙示』(新潮文庫)にこんなことが書いてありますね。チェルノブイリの子どもたちは元気に手術室の前まで歩いて来た。でも、名前を呼ばれて手術台に上がる瞬間、目を見たら涙ぐんでいたと。私は、その痛みがどうして国や役所に伝わらないのかなと思います。

菅谷 あの光景は今でも覚えています。亡くなった子の声も覚えています。だから、「集団じゃない、一人ひとりのことを考えてほしい」と僕は声を大にして言いたい。

落合 本当にそうですね。

菅谷 国の福島に対する政策は、原発をどう処理するかに偏ってしまい、県民が一番苦しんでいるところに目が向いていない。いま、福島出身の中高校生の女の子は「国はついに私たちを見捨てちゃったね」と言っているそうですよ。「私たちは被ばくしちゃったから、もう子どもを産めない。結婚できない」と。 落合 そんなことはないのですが、彼女たちにどう答えればいいのか。それを思うと、胸が詰まります。 菅谷 彼女たちの危機感や悲しみを国のトップの方たちはわかっているのかと憤りを感じることがあります。

日本人は「難治性悪性反復性健忘症」。

落合 最後に、菅谷さん個人のことも少しお聞きしたいと思います。菅谷さんは信州大学の医師を辞めてベラルーシに5年半も行かれましたが、当時何か心境の変化がおありになったのだと思うんですが。

菅谷 一つは親父の影響かもしれません。親父も医者だったのですが、本当に人対人で接する人でした。周りに医者があまりいなかったので休みは1ヵ月に1日しかなくて、夜中でもオートバイで遠くまで往診に行って、そのまま朝から診療していた。そんな姿を見ていたので、医療者はそうあるべきだという思いが僕にもあるのでしょう。
 それからもう一つは、死について考えるようになったことが大きいと思います。

落合 死……。

菅谷 僕は7人きょうだいの末っ子なので、母親が心配して小さいときに易者に見てもらったそうなんです。そのときどんなことを言われたのかを僕が聞いたのは、母親が臨終のときでした。叔母から「お前は43歳で死ぬという卦が出た。それをお母さんは非常に気にしていた」と聞きました。

落合 お母さんも心配だったでしょうね。

菅谷 そのとき、僕は医学生で西洋医学を勉強していたので一笑に付しました。ところが、40歳を過ぎて自分の死について考えるようになったとき「もしあの占いが当たったら……」と思うようになったんです。
 ちょうど43歳のときにアメリカの学会から帰る飛行機の中で、「この飛行機が落ちたら確実に死ぬな」と思った。そのとき「お前、そうなったら本当に納得して死ねるのか?」と自分に問いかけたら、「ノー」という答えが出た。それで、大学病院の生活よりもっと大事なことがあるんじゃないかと自分の人生を考え始めたとき、偶然にもチェルノブイリの事故と出合ったのです。だから、使命感よりもむしろ「納得して死にたい」という気持ちでベラルーシに行ったんです。
 これも偶然なのですが、僕は43年に生まれて、易者には43歳で死ぬと言われた。43と43を足すと86ですが……。

落合 チェルノブイリ原発の事故が起きたのは86年。

菅谷 そのことに気づいたのはベラルーシで暮していたときなんです。僕は運命論者ではないですが、「43歳で死んでいたはずの僕を、おふくろがここに連れて来たんだ」と思いました。

落合 「人はいつか死ぬ」という考えを生活の真ん中に置いているか、それともできるだけ目をそらしているかによって、人の生き方は違ってくると思います。チェルノブイリでも福島でも、死や命に対する考え方によって、その人の行動がはっきり違ったような気がします。特に永田町におられる方たちなどは、この2年間の言動を見ると、「人はいつか死ぬ」ということを忘れているような……。

菅谷 忘れてますね。日本人はいい意味では寛大で寛容なところがあるし、生き方が上手ですが、一方で事故や事件が起こるとウワーッと騒いですぐに忘れてしまう。僕はかつてベラルーシで日本人に診断名をつけたんですよ。「悪性反復性健忘症」と。福島の問題に関しても、2年経ったらマスコミはあまり報道しなくなってきた。なので、診断名に「難治性」を加えました。

落合 難治性の悪性反復性健忘症ですか。

菅谷 東日本大震災と原発事故が起きたとき、「足を止めて、勇気を持ってこれまでの生き方を考えるチャンスだ」と多くの人が思ったはずなのに、だんだん薄れてきた。原発事故によって、経済が大事か命が大事かを改めて問われました。国としても勇気を持って立ち止まるべきです。

落合 今は経済、経済で、アベノミクスに関心が行っています。

菅谷 いろいろな考え方はあるでしょうが、少なくとも私たちの国は放射能によって汚染されてしまったということを真正面から受けとめる必要があります。

落合 悲しいことですが、放射能とともに生きていくしかない。

菅谷 その現実を受け止めつつ、でも決して下を向かないでほしい。僕もできることをやるし、皆さんもやれることをやってくださいと。

落合 個として行動しよう、ですね。

すげのや・あきら 1943年、長野県生まれ。信州大学医学部卒業後、甲状腺疾患の専門医として活動。96年に大学を辞めてチェルノブイリ原発事故の医療支援活動をするため、ベラルーシ共和国に移住する。約5年半にわたって小児甲状腺がんの外科治療を中心に医療活動を行なう。通販生活では「菅谷昭のベラルーシ病院日記」と題して現地の模様を報告。2004年、松本市長に就任。現在3期目。著書に『子どもたちを放射能から守るために』(亜紀書房)、『チェルノブイリいのちの記録』(晶文社)など。
おちあい・けいこ 作家。1945年、栃木県生まれ。『てんつく怒髪』(岩波書店)、『自分を抱きしめてあげたい日に』(集英社新書)ほか著書多数。

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