ラッパと娘〜スウィングの女王・笠置シヅ子の圧倒的な歌唱!

ラッパと娘〜スウィングの女王・笠置シヅ子の圧倒的な歌唱!

佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)

『ブギウギ』で甦ったスウィングの女王!

NHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』の第6週「バドジズってなんや?」では、ヒロイン・福来スズ子(趣里)が上京して、少女歌劇の世界から、男女混成のミュージカルショウ「梅丸楽劇団(UGD)」の旗揚げ公演「スヰング・タイム」の初日を迎えるまでの物語。

スズ子は、自分のジャズを追い求めている野心的な作曲家・羽鳥善一(草彅剛)と出会い、彼のオリジナル曲「ラッパと娘」(作詞作曲:服部良一)を歌うことになる。

服部良一の孫・服部隆之によるアレンジで、ステージのバンドマンたちが演奏する「ラッパと娘」のスウィンギーなサウンドに乗って、趣里が舞台せましと縦横無尽に踊り、シャウトする。

映画に残されている笠置シヅ子のパフォーマンスを再現した見事なステージ描写だった。趣里の声は、目を閉じて聴いていると、母・伊藤蘭の声とよく似ていて、キャンディーズ世代としては万感の思いがある。

イラスト/いともこ

服部良一との運命の出会い

1938(昭和13)年4月21日、笠置シヅ子は特急「つばめ」で上京した。日比谷の帝国劇場で28日に開幕する松竹楽劇団(SGD)旗揚げ公演「スヰング・タイム」に出演するためである。

翌日、稽古場で出会ったのが、生涯の音楽パートナーとなる服部良一だった。服部はSGDの副指揮者として招かれ、舞台のナンバーのアレンジを手掛けていた。その夜の稽古で、服部は笠置シヅ子のパフォーマンスを目の当たりにして、彼女にサムシングを感じた。

それから一年。笠置シヅ子はSGDのトップスターとなり、服部はSGDの音楽監督、指揮者となっていた。精鋭ジャズマンで編成されたSGDスウィング・バンドによる演奏で、シヅ子のステージがジャズファンや見巧者に評価され、「スウィングの女王」と呼ばれるようになっていた。

SGD公演では、最新のジャズ・ソングやミュージカル・ナンバーのカヴァーだけでなく、服部良一のオリジナルの楽曲も披露された。1939(昭和14)年7月13日から31日まで、帝国劇場で上演された「グリーン・シャドウ」で発表されたのが「ラッパと娘」である。

笠置シヅ子が、スウィンギーかつブルージーに、ダービーハットを被ったトランペット奏者と掛け合いで歌う。作詞作曲は服部良一。作詞家と作曲家の分業が当たり前だった時代に、服部は自分が求めているサウンドに乗る言葉、リズムに合うフレーズを自ら作詞。「村雨まさを」のペンネームで、戦後「買物ブギー」など数々の名曲を生み出していくこととなる。

「ラッパと娘」の「ラッパ」、つまりトランペット奏者は、SGDスウィング・バンドのリーダーで、当代きってのジャズマン・斉藤広義。18歳で上海に渡り、上海では最高と言われたフランス人奏者・パールに師事して、トランペッターとして活躍してきたベテラン。帝劇のステージでの笠置との息の合った掛け合いは、たちまち評判となった。

1939年12月にリリースされた、笠置シヅ子としてのデビュー曲「ラッパと娘」のSPレコードの盤面。資料協力/小針侑起

ジャズ・シンガー笠置シヅ子の時代

ドラマ『ブギウギ』でも、この曲のスキャット「バドジズ デジダダー」がサブタイトル「バドジズってなんや?」と付けられていたように、笠置シヅ子のホットなスキャット、シャウトする歌声は観客を魅了した。

このナンバーの元々の発想は、ハリウッド映画『画家とモデル』(1937年)で、コメディエンヌでシンガーでもあったマーサ・レイと、サッチモことルイ・アームストロングが掛け合いをする「パブリック・メロディー・ナンバー・ワン」からだった。

サッチモのトランペットと、マーサ・レイのパンチのある歌声、彼女のシャウトとサッチモのスキャット。全身を動かしながらのスウィンギーなマーサ・レイの歌は圧巻だ。映画のパフォーマンスを観ると、まさに「笠置シヅ子みたい」である。

笠置が「バドジズ デジドダー 吹けトランペット 調子を上げて」と挑発すると、斉藤広義のトランペットが追いかけてくる。この掛け合いが、スピーディなホットジャズで展開されるのだ。クライマックスにシヅ子は「バンジー!」とシャウトする。

遅れてきた世代にはステージでのパフォーマンスは想像するのみだが、この頃、笠置シヅ子はコロムビアレコードと専属契約。「グリーン・シャドウ」公演中の1939年7月27日に、コロムビアのスタジオで「ラッパと娘」をレコーディング。同年12月15日に笠置シヅ子の正式なデビュー曲としてレコード・リリースされた。

レーベルにはコロムビア・オーケストラとあるが、実際の演奏はSGDスゥイング・バンド。トランペットはもちろん斉藤広義。ジャージーなイントロに始まり、後半の笠置の爆発力に、まるで黒人シンガーのようなスピリットを感じる。それまでの流行歌手とは全く異なる、本物のジャズシンガーの誕生である。

この日のセッションがCDや配信で聴くことが出来ることに感謝! レコードに記録された笠置シヅ子の歌声と表現力は、時空を超えて、僕たちを圧倒する。

それから9年後、「東京ブギウギ」でブレイクした笠置シヅ子主演の映画『舞台は廻る』(1948年/大映)で、同作の音楽を担当した服部良一は、「ラッパと娘」を映画に登場させた。有楽座の舞台という設定で、益田義一のトランペットと笠置シヅ子の掛け合いで、帝劇「グリーン・シャドウ」のステージを再現。

そのパフォーマンスを観ると、『ブギウギ』の趣里が、いかに笠置シヅ子のスピリットを受け止めて表現しているのかがよく分かる。84年の時を超えて、「ラッパと娘」のステージが蘇った。