買物ブギー〜服部良一&笠置シヅ子のブギウギ・ソングの最高傑作

買物ブギー〜服部良一&笠置シヅ子のブギウギ・ソングの最高傑作

佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)

世紀のコミックソング誕生!

NHK連続テレビ小説『ブギウギ』のクライマックス。1950(昭和25)年、笠置シヅ子にとっては「東京ブギウギ」「ジャングルブギー」に続くエポック・メイキングな、史上最高のヒットとなる「買物ブギー」誕生のエピソードが描かれた。

第22週「あ〜しんど♪」は、サブタイトルもこの世紀のコミックソングにあやかったもの。ドラマでは、アイデアに詰まっていた作曲家・羽鳥善一(草彅剛)が、福来スズ子(趣里)が買物カゴを下げているのを見て閃き、「買物ブギー」が生まれる。

しかし史実では、この曲の誕生にはこんなエピソードがある。1949(昭和24)年、服部良一がひょう疽で入院した。ちょうど空前の「ブギウギ」ブームの最中で、笠置シヅ子は喜劇王・エノケンこと榎本健一と舞台や映画でコンビを組んで大活躍をしていた時期。

見舞いにやって来たシヅ子は、服部を励ます意味もあって「センセ、何か景気の良い新曲を!」と、ブギウギ・ソングの新機軸を作ってほしいと依頼。

「東京ブギウギ」(作詞:鈴木勝)の大ヒット以来、服部&笠置コンビは「さくらブギウギ」(作詞:藤浦洸)、「ヘイヘイブギー」(同)、「ブギウギ時代」(作詞:村雨まさを)「ホームラン・ブギ」(作詞:サトウハチロー)、「ブギウギ娘」(作詞:村雨まさを)と、この時点ですでに12曲以上のブギウギ・ソングをリリースしていた。

ドラマでは、羽鳥善一の「ブギもネタ切れだ」と言うセリフがあったほど。しかしブームは下火になるどころか、ますますヒートアップしていた。

そこで服部良一が着想したのが、上方落語のブギウギ・ソング化だった。ヒントになったのは「無い物(もん)買い」。大阪弁の面白さを活かした噺である。

イラスト/いともこ

上方落語がアイデアの源泉

退屈を持て余している主人公・喜六と清八が、金物屋の店先で「茄子か胡瓜のつけもんないか?」と尋ねる。店主は「おまへんな」と訝しがる。しかし清八は看板を指して、「なものるいくき(菜物類・茎)とあるがな」

看板の「かなもの」の「か」の字が隠れていたからだ。これは面白いと、喜六と清八はどんどんエスカレートして、和菓子屋や魚屋に行って、次々と「無い物(もん)買い」をしていく。

服部はこの落語にヒントを得て、歌の主人公=笠置シヅ子が、公設市場へ行って、さまざまな店の主人を相手に「おっさん、これナンボ」と大阪弁でやり取りしながら買物していく姿をコミカルに作詞して、スピーディなブギのリズムで描写した。

作詞の村雨まさをは、服部良一のペンネーム。魚屋の「おっさん」が、採れたての魚を勧めても、「オッサン、買うのと違います」「刺身にしたならナンボか美味しかろうと思っただけ」と切り返す。まさに「無い物(もん)買い」的な応酬となる。

大阪育ち、コテコテの大阪弁ネイティブの笠置シヅ子のイントネーション、歌唱もおかしく、大阪の言葉を知らないエリアの子どもたちが面白がって、「オッサン、オッサン、これナンボ」を連発した。

このブームは、のちのクレイジーキャッツの植木等の「スーダラ節」や、ピンク・レディーの一連のヒット曲同様、全国の子どもたちから火がついた。

レコーディング前。歌のレッスン中に、情報量が多くてなかなか歌詞が頭に入らない笠置シヅ子が、思わず「ややこし、ややこし」とつい漏らしたのを「それ、いただくね」と、服部良一がすぐに歌詞に取り入れたというエピソードもある。

落語でいうと「サゲ」の部分となる、オチの「ワテ、ホンマによう言わんわ」のフレーズは、大阪弁、関西の言葉に触れる機会の少なかった全国の人々に、強烈なインパクトをもたらした。

この「ワテ、ホンマによう言わんわ」は、前年の1949年12月31日公開の正月映画『エノケン・笠置のお染久松』(エノケンプロ)の中で、あきれたぼういずの山茶花究、益田喜頓、坊屋三郎が、服部良一作詞・作曲の劇中歌のオチとして、「ワテ、ホンマによう言わんわ」と唄ったのをリフレインしている。

1950年6月15日にリリースされた「買物ブギー」。この翌日、笠置シヅ子と服部良一は4ヶ月半にわたるアメリカ公演へ。提供/保利透

パワフルな「買物ブギー」歌唱映像

1950(昭和25)年2月、「買物ブギー」は大阪梅田劇場『ラッキーサンデー』公演で笠置シヅ子が歌って、満員の観客の喝采を浴びた。この曲の構成は、1番〜2番〜3番というスタイルではなく、「一幕もの」のミュージカルのようなドラマ的な展開。初演では何と6分もの長さだった。

他の楽曲同様、ステージ衣裳は笠置シヅ子が自ら考案。エプロン姿に買物カゴを下げて、下駄でタップを踏む、ユニークなダンスを披露した。

少女時代からステージに立ってきた根っからの舞台人であり、ショウビジネスを知り尽くしたエンタテイナーである笠置シヅ子は、「東京ブギウギ」や「ホームラン・ブギ」の振り付けも自分で考えていたが、この時のコミカルなパフォーマンスは、喜劇王エノケンの薫陶を受けたことも大きいだろう。

ありがたいことに、「買物ブギー」のパフォーマンスが映像に記録されている。レコード発売の3週間前、5月21日に公開された映画『ぺ子ちゃんとデン助』(松竹)では、二階建てのマーケットのセットを撮影所に組んで、笠置シヅ子が縦横無尽にリズミカルに動きながら、パワフルに「オッサン、オッサン」とシャウトして歌って踊る。

映画の歌唱シーンといえば、1〜2分に短く編集して芝居のセリフが重なったりするのが多いが、この『ぺ子ちゃんとデン助』に限らず、笠置シヅ子の映画では、たっぷりと曲を見せて聞かせてくれるものが多い。そのほとんどで服部良一が音楽監督を手掛けていることも大きいだろう。

コンプライアンスの関係から、CDではカットされている歌詞も、ヴィジュアル込みで描かれている。しかもレコードテイクにはない、もう一つのサゲにあたる部分まで映像化されている。映画のラストで、再び「買物ブギー」の歌唱シーンがリフレインされる。

同じ曲がリフレインされることがあっても、同じテイクの映像をリプライズで使用することは前代未聞。それほどインパクトのある映像で、観客には強烈な印象を与えたことだろう。

この「買物ブギー」は、レコードの初回出荷で20万枚がすぐに完売して、コロムビアの記録では初年度だけで45万枚売り上げ、笠置シヅ子にとっては「東京ブギウギ」と並ぶ代表作となった。

©1950松竹株式会社
CS「ホームドラマチャンネル」で『笠置シヅ子映画特集』放映決定!(2024年4月〜)。「買物ブギー」が登場する映画『ぺ子ちゃんとデン助』(1950年/松竹)も6月放送予定。スペシャル番組『笠置シヅ子ブギウギ伝説 前後編』(構成・出演/佐藤利明)も放送。