笠置シヅ子さんを初めて聴いて驚いた。
「日本にもこんなにファンキーな歌手がいたんや!」
昭和を代表する歌手の一人、笠置シヅ子。その生涯をモチーフにしたNHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』が、2024年3月29日の放送でいよいよフィナーレを迎える。
毎朝流れて来る明るい主題歌は、ドラマの音楽も担当した服部隆之による「ハッピー☆ブギ」。さかいゆうさん、趣里さんとともに同曲を歌っているのが、EGO-WRAPPIN’のボーカリスト中納良恵さん。
以前より笠置シヅ子の楽曲をカバーしてきた中納さんに、シンガーの視点から見た笠置シヅ子の魅力、そして「ハッピー☆ブギ」のレコーディング秘話を語っていただきました。
笠置シヅ子を知るきっかけは、
大学の先輩が歌った「ジャングル・ブギー」
──昨年末に行われたEGO-WRAPPIN'のライブでは、「ハッピー☆ブギ」のセルフカバーを披露して、オーディエンスも大いに沸いていました。MCで「おかげでいい親孝行ができた」と中納さんが語っていたのも印象的でした。
全国に自分の歌が毎日届くわけで、改めて考えると凄いことですよね。しかもNHKの朝ドラって1日に3回も放送されて、海外でも多くの人が視聴している。「こんな日が来るなんて!」って感じです。
──「ハッピー☆ブギ」については後半で話を伺います。さて、過去にはEGO-WRAPPIN'でも「買物ブギー」をカバーされていました。2016年『トットてれび』(NHK)では、中納さん自身が笠置シヅ子役として「買物ブギー」を劇中で歌ったり、東京スカパラダイスオーケストラのライブでもゲストボーカルとして「ジャングル・ブギー」を歌うなど、笠置シヅ子さんの楽曲とは何かと縁がありますね。
先日出演した『ブギウギ音楽祭』(NHK)でも、「ジャングル・ブギー」を歌わせてもらいました。「ジャングル・ブギー」って、最後に「ギャー」とシャウトして終わるんです。
本番で歌う直前に、司会の方が会場のお客さんに向けて、「今日はどんな『ギャー』が出るのか、そちらにもご注目ください」ってアナウンスしていて。やめてよ~、その「ギャー」のために歌わなあかんやん!って(笑)。でも、面白かったです。
──放送上ではそのMCはカットされてましたが(笑)、ラストは渾身の「ギャー」が聴けました。そんな中納さんが笠置シヅ子さんの歌に初めて触れたのは、いつ頃ですか?
大学生の時に歌の上手な先輩がいて、笠置シヅ子さんや昭和の歌謡曲をカバーしていたんです。その時に初めて「ジャングル・ブギー」を聴いて。それがきっかけで笠置シヅ子という存在を知りました。
曲をカバーするって、選曲した人のセンスが出ますよね。当時は1990年代半ばぐらいだったけど、その先輩が笠置シヅ子さんをカバーしているってことが、スタイリッシュで小気味よく聴こえたんです。「あの時代の音楽ってカッコいい」っていう印象は、今でもあります。
──1980年代後半から1990年代にかけて、ヒップホップから派生したサンプリング文化の台頭や、レア・グルーヴのムーヴメントがありました。古い時代の音楽を現代の耳で捉えて、新たな魅力を見出すという動きです。日本の歌謡曲にも、もちろんそれは当てははまります。
先輩の歌で聴いたのをきっかけに笠置シヅ子さんのオリジナル音源を聴いてみたら、「日本にもこんなにファンキーな歌手がいたんや!」って驚いた。ノリもいいし、歌詞も面白いし、めちゃめちゃカッコええなって。
私たちから見たら、お婆ちゃんの世代ぐらいでしょ。そういう戦前・戦後の日本が這い上がってきた時代に、音楽の役割というか、人々に与える力みたいなものが、物凄く強かったんだろうなって思ったんです。
──笠置シヅ子さんが活躍した時期というのは、まさに戦争を挟んだ激動の時代。文化や音楽も大きく変わった時期でもありました。
ジャズやブギのような海外の音楽が入って来て、それを日本人が解釈して演奏して、まったく新しいものが生まれる。その時代に、いろんなことがうごめいている感じが、すべて曲に集約されている気がします。
EGO-WRAPPIN'の音楽にも、昭和の歌謡曲から受けた影響は少なからずあって。笠置シヅ子さん以外にも、美空ひばりさんの「日和下駄」や江利チエミさんの「奴さん」もライブでカバーしたことがありました。
──「買物ブギー」を実際にカバーしてみて、歌い手として感じたことはありますか?
「買物ブギー」は、イントネーションが大阪弁。方言がメロディになっているっていうのは珍しいですよね。あんなん、笠置さんにしか歌われへん(笑)。ほとんどラップじゃないですか。
──作詞と作曲を手掛けた服部良一さんも大阪出身というのもありますし、笠置さんの普段の喋り方からイメージを膨らませたんだと思います。方言の抑揚や調子がそのままメロディになっているっていうのは、どこか民謡に通じる部分もあって。しかもそれが、アメリカからやって来たリズムやサウンドと融合して、どこにもない音楽になっています。
それでいてミュージカルのようでもあるし。さすがに初めは覚えるのは大変でしたよ(笑)。「買物ブギー」はコンサートでやり続けて、どんどんアレンジされていったそうですね。
元々はあんなアレンジではなかったみたい。歌っている途中や演奏中のアクシデントが、そのまま採用されることもあったみたいです。
──そうして実際に歌うことを重ねていくうちに、言葉やリズムが身体に入っていって、勝手にどんどん転がってグルーヴするようになって、凄いパフォーマンスが生まれていったんでしょうね。
笠置さんのステージを生で見てみたかったですよね。でもなんかね、笠置さんの歌は情熱的と称されることが多いけど、私にはそんな風に聴こえなくて。
結構、淡々と歌ってるように聴こえるんです。笠置さん自身のキャラクターは強いんですけど、歌声そのものとしては、実はそこまで我が強くない。
──おお、なるほど。
押し付けがましい歌手の人っているじゃないですか、私とか(笑)。大人になってから気をつけるようになったけど、昔はそういう加減が自分では分からんかった。
我が強い歌って、聴き手も「歌上手いのは分かったから、もうええって」みたいな印象になってしまいがちですけど、笠置さんの歌はそういう感じではなくて。めっちゃパンチ効いてるけど、決して崩しすぎず丁寧に歌ってる。万人に受けて長く愛されるっていうのは、その加減も大きく影響してるんとちゃうかな。
──その考察はとても興味深いですね。
『ブギウギ音楽祭』では、オーケストラの演奏で歌わせてもらったんですけど、音の迫力はあるのに、全体の音量としてはそんなに大きくないのに驚いて。
いつものバンドの感じで歌ったら、自分の声が“がなってる”みたいになって。その頃合いを合わせるのが難しかった。きっと笠置さんも、そこまで大きい声で歌ってたわけじゃないと思ったんです。
──バンドの演奏はアンプリファイドされた音だけど、オーケストラのサウンドは基本的に生音の集合体ですもんね。
だからこそ、逆に歌い手の力量が問われるというか。モロにスキルが露呈してしまう。笠置シヅ子さんが歌っていた時代っていうのは、歌い手も舞台上でとても繊細に技術を駆使していたんじゃないかな。