知的障害を持つお子さんと暮らしながら、同じ境遇にいる人たちの不安や悩みを少しでも軽減できればと、長年勤めた出版社を退職して「親なきあと」相談室を立ち上げた渡部伸さんによる連載コラム。自らの経験をもとに「親なきあと」に関する役立ち情報をお伝えしていきます。
「親なきあと」って?
想像してください。
あなたに「3歳の子ども」がいたとします。
通常であればこの子は毎年成長して、様々なことを学習します。でも知的障害や精神障害のために判断能力が不十分な子は、親のあなたが年を取っても心はずっと3歳のまま。食べるもの、着る服、住むところ……すべて親が面倒を見続けなければなりません。もちろんお金の管理など3歳児には到底できません。
実際の生活年齢は積み重ねていくのに、精神年齢や知的能力は3歳のままだとしたら、親であるあなたは安心して死んでいくことはできるでしょうか?
──これが、障害のある子どもを持つ家族の「親なきあと」です。
日本の多くの家族が抱える
「親なきあと」
現在、日本の障害者の総数は下記のようになっています。
身体障害者 436.0万人
知的障害者 109.4万人
精神障害者 419.3万人
(内閣府『令和2年版障害者白書』より)
1000万人近い数字に驚かれましたか? 実際は一人で複数の障害がある方もいますので一概には言えませんが、単純計算すると国民の約7.7%は何らかの障害を有していることになります。このうち「親なきあと」の課題を抱えるのは主に知的障害者と精神障害者なので、これは国民の約4.2%にあたります。
さらには障害者に当てはまらなくても、近年では引きこもりの子を抱える家庭問題も深刻化してきました。2022年の内閣府調査によると、15歳から64歳の生産人口年齢において、全国では推計146万人の方が引きこもり状態であるとのことです。
障害と引きこもりが重複している人は相当数いると思われますが、こちらも単純計算すると、知的障害者、精神障害者、引きこもりの総数は、国民全体の5%以上になります。
その多くが「親なきあと」と深く関わりがあります。つまり、本当にたくさんの家庭が直面している課題だと認識すべき時が来ているのです。
「親なきあと」の課題は3つ
障害のある子や引きこもりの子がいる家族にとって、「親なきあと」は共通の永遠の課題です。どの親たちもみな、「私がいなくなったらこの子はどうやって生きていくのだろう」という共通の不安があります。
ただ、その不安はたいてい漠然としたものなので、客観的・具体的に説明できる人は残念ながらほとんどいません。自分たちが面倒を見られなくなった、あるいはいなくなったあとのことなので、何から手をつけていいのかわからない、というのが多くの親御さんたちの現状なのです。
私自身も知的障害者の子どもを持つ親として、同じように心配は尽きませんでした。でもいつか直面する出来事とイメージしながら整理してみた結果、それらは次の3つの課題に集約できることに気がつきました。
お金で困らないための準備をどうするか
お金を多く残せば残すほどいいとは限りません。そのお金が本人の将来の生活に使われるような仕組みが必要です。また、誰がどう管理するのかも考えなくてはいけません。
住まいはどのように確保するか
ずっと親と一緒にいられるわけではないので、将来安心して生活する場所を確保する必要があります。もちろん親が勝手に決めるのではなく、本人の希望が最優先です。
日常生活で困ったときのフォロー
これまで親がずっとフォローしてきたことを、親以外の誰がどんな仕組みでやってくれるのかということです。もし、本人が一人暮らしを選択した場合には、見守りや手続きの支援なども必要になってきます。
まずは知ること。そして行動すること。
現在、これら3つの課題については行政の福祉サービスや民間の法人が提供しているサービスが各種あり、また地域の独自の取り組みも出てきました。
それぞれの課題に対応する方法がいろいろあること、さらに新しい制度やサービスが続々とできていることをインプットしていれば、自分たちがこれからやらなければいけないことが一つずつ明確に見えるようになります。
ただし、慌ただしい暮らしの中で的確に情報収集したり、どう活用すればいいのかを考えていくのはとても大変なことです。結局手付かずで中途半端になってしまい、モヤモヤとした気持ちだけが膨らんで不安で押し潰されそうということにもなりかねません。
私が2014年に「親なきあと」相談室を始めたのは、最初に悩みを訴えたり相談したりできる場所があれば、不安が大きくなる前に課題が見える化でき、次に何をすればいいのかを示せるのではないかと考えたからです。
あなたの身近に「親なきあとの課題はない」という場合でも、この先いつ家族に不測の事態が起きたりするか分かりません。万が一何かあったとしても、様々な支援の仕組みがあり、地域で安心して生活していく方法があるということをまずは知っていただければと思います。
それでは具体的にどのような制度やサービス、独自の取り組みがあるのかについては、次回以降で詳しく取り上げていきます。