「親なきあと」〜障害のある子、引きこもりの子を持つ人たちへ

イラスト/すぎやましょうこ

知的障害を持つお子さんと暮らしながら、同じ境遇にいる人たちの不安や悩みを少しでも軽減できればと、長年勤めた出版社を退職して「親なきあと」相談室を立ち上げた渡部伸さんによる連載コラム。自らの経験をもとに「親なきあと」に関する役立ち情報をお伝えしていきます。

第2回

お金で困らないための準備

前回のコラムで「親なきあと」の課題は次の3つであると書きました。

お金で困らないための準備をどうするか

住まいはどのように確保するか

日常生活で困ったときのフォロー

今回は1の「お金で困らないための準備」について具体的にお話していきましょう。

お金はたくさんあれば安心なのか

「“親なきあと”も子どもが安心して生活していくためには、一体どのくらいお金を残せばいいんですか」

個別相談や講演会などでよく受ける質問の一つです。障害のある子がいる親御さんの多くがこの不安を抱えています。そんな時には私はこのようにお答えしています。

「お金は必要以上に残さなくても大丈夫。それよりも準備してほしいことがあります」

障害者は様々な場面で福祉の支援を受けており、最低限の生活はできるような社会保障がなされています。もちろん、より豊かな生活を楽しむためには不十分なものですが、子どもに一生涯かかるお金を親がすべて工面しておかなければいけないということではありません。

逆に資産を持っていることによって子どもに浪費癖がつき、かえって借金してしまう、あるいは騙し取られてしまうなどのケースもあり得ます。そういったリスクを防ぐことのほうがより重要なのです。

2017年5月。知的障害のある40代の男性が、数ヶ月間に渡って客引きに何度もバーなどの飲食店に連れていかれ、貯めてあった約1,500万円がなくなってしまった、という事件が報道されました。お金があったとしても、それが安全に管理され、本人の生活に使われなければ意味がありません。

お金の残し方と管理する仕組み

準備すべき重要なこととは、本人の将来の生活を支える仕組みです。お金の残し方と、その残したお金の管理の仕方の両面から考えておく必要があります。

お金の残し方として準備することは、親の希望通りに資産を子どもに配分するために遺言を書くこと。また、遺産相続が行われたあと、子どもがいきなり慣れない大金を手にしてしまう事態を避けるために、相続財産を少しずつ定期的に受け取れるような仕組みとして、信託を活用することが考えられます。

次に、その残したお金をどう管理するのか。自分ではお金の管理が難しいという場合は成年後見制度、ある程度の管理はできるけれど支援が必要という方には日常生活自立支援事業という制度があります。

信託を活用して定期的な収入をセットする

信託で障害者の家族に注目されている機能は主に2つ。1つめは親の遺産を子どもに定期的に給付してもらえること。2つめは子どもが亡くなったあとにまだ財産が残っていたら、そのお金を寄付する先も信託契約で決められることです。

具体的な事例で見ていきましょう。

例えば、母ひとり子ひとりの家族がいたとします。子どもは軽度の知的障害者で、母親には資産が3,000万円あります。母親が亡くなればこの資産は子どもが相続しますが、「多額のお金をいきなり本人が手にしてしまって大丈夫だろうか」という心配が生まれてしまいます。

そんな場合に信託の仕組みが力を発揮します。まず母親は元気なうちに、自分の資産について信託契約を結びます。誰と結ぶかというと、信託銀行でもいいのですが、相応の管理料や手数料がかかります。契約は一般の個人と結ぶことも可能なので、家族や親族でもいいのです。

ここでは信頼できる甥がいるので、彼と契約しようということになりました。甥を信じて財産を託す、だから“信託”です。こういった福祉で利用する信託を「福祉型信託」、あるいは家族親族と契約するので「家族信託」と呼ぶこともあります。

信託契約締結時〜母親存命中

この契約を結べば、3,000万円は母親の手を離れて甥のものになります。甥には財産の所有権はありますが、これは信託財産として独立した存在となるため、自由に財産を処分することはできず、管理する権限だけを持つことになります。母親が元気な間は、甥は責任をもって財産を管理します。

母親逝去〜子ども存命中

この契約では母親の死後に、お金を誰にどのように給付するのかを決めておきます。例えば、子どもに毎月10万円ずつ渡すと決めれば、母親が亡くなったあと、甥はその子に対して決められた額を定期的に渡します。そうすることで、子どもが多額のお金を使ってしまったり、誰かに騙されたりそそのかされたりして、大金を渡してしまうという事態を防ぐことができます。

子ども逝去後

やがて子どもも亡くなりました。まだ母親の遺産が残っています。この場合は子どもが一人っ子で相続人がいないので、残ったお金は国庫、すなわち国の金庫に入ります。もしも母親に、お金が残った場合は子どもがお世話になった施設の法人に寄付したい、あるいは面倒を見てもらった甥に渡したいという希望があれば、それを信託契約の中であらかじめ決めておくことができます。

信託の仕組みを活用した商品

ただし、この「福祉型信託」を利用するためには、信託に詳しい専門家に契約書の作成を依頼したり、この甥のような信頼できる親族に頼む必要があります。「ちょっとハードルが高そう」という方のために、この信託の仕組みを使ってパッケージになっている商品を紹介します。

一つは「生命保険信託」です。通常、生命保険の死亡保険金の受取人は個人ですが、これを信託銀行あるいは信託会社に信託財産として設定することができます。この保険金を会社から子どもに分割して渡してもらうことができます。一部の保険会社が扱っています。

もう一つ、信託銀行などが扱っている「遺言代用信託」という商品もあります。
数百万円から3,000万円程度の金額を銀行に預けます。銀行ではこのお金を信託財産として管理します。そしてあらかじめ決めたタイミング、たとえば金額を信託財産として預けた親が亡くなった時点から、子どもに定期的にお金を給付するという仕組みです。

これらの信託の仕組みは、特に障害者に対象を限定してはいないので、障害者手帳を所持していない引きこもりの方にも、定期的な収入を確保することができるものになっています。

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