知的障害を持つお子さんと暮らしながら、同じ境遇にいる人たちの不安や悩みを少しでも軽減できればと、長年勤めた出版社を退職して「親なきあと」相談室を立ち上げた渡部伸さんによる連載コラム。自らの経験をもとに「親なきあと」に関する役立ち情報をお伝えしていきます。
本人の年代別「親なきあと」の準備 ①
「親なきあと」に関わる様々な制度を知ったとしても、それらをいつから利用すればいいのか、その判断は難しいと思います。
そこで今回は、本人の年代別に分けて、どのタイミングでどのような制度の利用を考えればいいのかについてまとめました。
もちろん本人や家族の状況によって違いはあります。すべての方に同じように当てはまるわけではありませんが、一つの目安にしてください。
誕生〜学齢期のイベント
障害者本人が学齢期の間は、次の進路という大きな課題が目の前にあるので、「親なきあと」のことまではなかなか気が回りません。
ただし、障害基礎年金の申請のための準備、福祉サービスや卒業後の就労につながる障害者手帳の取得など、この時期にやっておきたい大切な手続きがあります。
障害者手帳の申請
障害者が生きやすくなるために、暮らしを支援してくれる様々な制度があります。そういった制度を利用するために、一定のハンディキャップがあることを証明するのが「障害者手帳」です。
手帳を取得することで、各種手当を受給できたり、税金や医療費などの控除・割引などの経済的な優遇措置があります。また、手帳があれば、障害者雇用の枠で就労することが可能となり、就職の選択肢の幅が広がるという大きなメリットもあります。
障害基礎年金の申請準備
障害基礎年金の申請は20歳に達してからになりますが、それまでに準備しておきたいことがあります。それは、知的障害や発達障害で年金申請をする場合、精神科の医師による診断書が必要になるので、診断書を書いてくれる医師を確保しておくということです。
障害が明らかになった頃は病院にかかっていても、その後大きな変化はないので通院はしていないという方をしばしば見かけますが、何年か振りにいきなり受診して診断書を依頼しても、すぐには書いてもらえず、何回か通院してくださいと言われる可能性があります。
医師としても、しっかり本人の状態を見極めることが必要なのは当然でしょう。そこで私は年に1回の健診でいいので、定期的に通院することをお勧めしています。
また、年金の申請時には「病歴・就労状況等申立書」という書類も一緒に提出します。発病の経緯から始めて、受診状況、日常生活や就学・就労状況について時系列で記入するもので、知的障害の場合は親が書くことがほとんどです。
こちらも年金申請の直前になってから書こうとしても、すぐには思い出せないこともあるため、どこかに記録を残しておくと、申請時の助けになるでしょう。
医療費補助の申請
障害者医療費助成制度は、心身に障害のある人が医療を受けた際に、医療費を助成する制度です。都道府県や市区町村が実施しているもので、住んでいる地域によって、対象となる障害の程度や助成の内容が変わってきます。
本人が未成年の場合は保護者の所得、成人後は本人の所得によって受給制限があります。東京都の場合、愛の手帳1度、2度の方は保険診療が無料となっています。お住まいの地域の障害福祉課などで確認できます。
自立支援医療制度の利用手続
障害の程度を軽くしたり、取り除いたり、障害の進行を防いだりするための医療費について、本人負担の一部を給付するのが自立支援医療制度です。精神疾患で通院による精神医療を受ける場合に、医療費、薬局等での自己負担が通常の3割から1割に軽減されます。
このほか、直接「親なきあと」対策となるものではありませんが、障害の状況等により受給できる手当(特別児童扶養手当、障害児福祉手当など)もあります。
障害福祉の制度や仕組みは、少しずつ変化しています。新しい情報を得るために、また、ちょっとした不安や困りごとについて相談できるように、同じ悩みを持った家族の会などに加入することもお勧めしています。
成人後・青年期のイベント
特別支援学校等を卒業して、就労などの日中活動の場に移っていくと、学齢期の時期ほど多くの手続きに追われることはなくなります。今度は障害者本人の将来の生活を支えるためのお金の管理や福祉サービスの契約、さらには成年後見制度等の検討などが視野に入ってきます。
障害基礎年金の申請
まずは障害基礎年金の申請です。20歳になったらなるべく早く申請できるように、医師に診断書を依頼しておきます。年金以外にも、特別障害者手当、年金生活者支援給付金など、本人が受給できる可能性のある手当があります。
福祉サービス利用契約
成人後の障害福祉サービスを利用するために、計画相談事者との契約をします。セルフプランといって、事業者と契約せず、親や本人が計画を作成することも可能ですが、将来のことを考えるとセルフプランはできれば避けたいところです。
就労するとあまり福祉サービスは使わないということも考えられますが、地域とつながりを作るためにも、ショートステイや移動支援を利用するという目的で契約しておきたいところです。
定期的な収入の確保
本人の給与や年金以外に、将来本人が高齢になった時や親が亡くなった後に、定期的にお金を受け取れる仕組みを利用することも考えられます。
親などの保護者が障害者扶養共済や生命保険信託に加入することで、親が亡くなった後に本人が年金の形でお金を受け取ることができます。これらは加入者となる親の年齢が若いほうが掛金などで有利になることが多いので、早めに検討することをお勧めしています。
生命保険信託は、本人が障害者手帳を持っていなくても利用可能です。また、障害者本人がiDeCo、つみたてNISAを利用することで、お金を増やし、本人の老後などにそのお金を受け取ることができます。
将来の住まいの準備
親と離れて暮らすための準備としては、ショートステイなどで一人暮らしの練習をすることが考えられます。もちろん本人の希望にもよりますが、必要性をしっかり納得したうえで、試みてもらいたいところです。
それと並行して、本人が将来どのように生活したいとを望んでいるのか、実現可能な選択肢はどれなのかも、考えておきたい点です。
グループホーム(GH)や入所施設なのか、あるいは一人暮らしを選択するのか、その場合どういった支援が必要になるのか。これらの情報収集は、親や家族だけではなかなか難しい面があるので、計画相談事業者等の支援機関に相談して情報を得ることをお勧めしています。
きょうだいとの情報共有
親として「将来は障害者本人の面倒はきょうだいに見てほしい」「あるいはきょうだいには迷惑をかけずに障害者の将来のことは決めておきたい」など、いろいろな考え方があると思います。
どちらも親の気持ちとしては理解できますが、きょうだいの気持ちはどうでしょう。「面倒を見てほしい」と言われると、当然ながら大きな負担となりますし、「この子のことは私たちがちゃんと準備しておくから」と言われると、きょうだいからすれば「私も同じ家族として一緒に将来のことを考えたいのに」と思うかもしれません。
重要なことは、「面倒を見てほしい」「あなたは心配しないでいい」と一方的に言うのではなく、きょうだいに相談して、情報を共有することであり、きょうだい自身にどうすればいいのか考えてもらうことだと思います。
ノートを活用した情報まとめ
地域の育成会が作成しているノートや、「親心の記録Ⓡ」を活用して、本人の情報や親の希望をまとめておくと安心です。ノートに記しておくことで、支援する側が本人の特徴を理解しやすくなり、子ども自身の生活の安定にもつながります。
次回「壮年期から高年期のイベント」に続く