知的障害を持つお子さんと暮らしながら、同じ境遇にいる人たちの不安や悩みを少しでも軽減できればと、長年勤めた出版社を退職して「親なきあと」相談室を立ち上げた渡部伸さんによる連載コラム。自らの経験をもとに「親なきあと」に関する役立ち情報をお伝えしていきます。
本人の年代別、
親なきあとの準備 ②
「親なきあと」に関わる制度をいつから利用すればいいのか。
前回のコラムでは誕生〜青年期までのイベントについて取り上げましたが、今回は壮年期以降に準備してほしい内容をまとめました。
もちろん本人や家族の状況によって違いはあります。すべての方に同じように当てはまるわけではありませんが、一つの目安にはしていただけると思います。
また、実際に「親なきあと」の障害者が、どのような支援を受けて生活しているか、具体的な事例を最後にご紹介します。
壮年期〜高年期のイベント
障害者本人が40代以上のいわゆる中高年期にかかってくると、親も高齢になってきます。いよいよ「親なきあと」のことが実感を伴ってくる時期でもあります。
それまでに準備してきたこと、情報を集めてきたことを具体的に形にする必要があります。本人の生活の場、支援者のネットワークを考えるとともに、親自身の終活も必要になってきます。
信託制度の利用検討
親が亡くなった時、本人が多額の相続財産を受け取るのを避けるために、信託の仕組みを利用することが考えられます。信託銀行等で扱っている遺言代用信託や特定贈与信託、あるいは専門家に家族信託の契約書の作成を依頼するという方法もあります。
遺産相続準備、遺言作成
親が亡くなった後、子どもたちに負担を掛けないために、遺言作成に取り掛かることをお勧めしています。特に障害のある子や引きこもりの子の「親なきあと」のためにはぜひ書いてほしいと思います。
一般的な遺言の方式としては、自筆証書遺言と公正証書遺言の2種類があります。効力に差はありません。
いきなり遺言を書くのは大変という方も多いと思います。エンディングノートなどを利用して、どのように相続させるか、相続財産のリスト作成などから始めてもいいかもしれません。また、遺言で遺言執行者を指定しておくと、本人に負担をかけずに相続手続きをすることができます。
成年後見制度や日常生活自立支援事業の利用検討
本人の判断能力によって、成年後見制度を利用すべきか、あるいは日常生活自立支援事業のほうが適しているか、具体的に進めていきたいところです。
成年後見制度については、一度始めたら原則やめられないため、障害者に利用する人がなかなか増えないという実態があります。そこで、現在見直しの議論がされていて、必要な時(相続、契約など)だけ後見人が就任して、手続きが終了すれば後見人は退任して他の支援制度で本人を支える、というように改正する方向で検討が進められています。
日常生活自立支援事業は、一人では日常の生活に不安がある人が安心して地域で暮らせるように、社会福祉協議会(社協)と本人が契約をして日常的な金銭管理などの支援を受ける制度です。
引きこもりがちで親と一緒に生活していた人が、親が亡くなった後もそのまま家で暮らしたいといった場合などに心強い制度ですので、将来の利用が考えられる場合は社協で制度について話を聞いてみるのもいいかもしれません。
「親なきあと」の生活、支援ネットワークの構築準備
住まいや暮らし方についても具体的に組み立てていきます。合わせて、本人を支援するネットワークの構築もしておきたいところです。
まだ親と同居しているのであれば、施設やグループホームに入居するのか、今住んでいる家に住み続けて一人暮らしに移行するのか、それともアパート等に引っ越すのか、決めていかなければいけません。
そして、本人を支える人たちが連携していけるように、ネットワークを作ることができればより安心です。具体的には、親が元気なうちに計画相談や日中活動、施設やGHの支援者などとケース会議を定期的に開催することで、親がいなくなっても継続的にチームで支援してもらうことが期待できます。
そこまでの準備は難しくても、本人や親が地域としっかりつながっていれば、障害者の「親なきあと」は誰かが支えてくれます。近所付き合い、福祉サービスの利用、家族会への参加などを、可能な限り続けてほしいと思います。
そして実はこの「チーム支援」こそが、「親なきあと」対策として一番重要なことなのです。
チーム支援の実例
それでは、実際に両親が面倒を見られなくなった後、チームで支えてもらっている方の事例をご紹介します。
Tさん・40代前半の女性の場合
20歳過ぎの時に遭遇した交通事故が原因で、高次脳機能障害があります。国民年金の保険料を納付していなかったため、障害年金が受給できず、生活保護を受けています。
両親が早くに亡くなり、同居していた兄に親の遺産を使い込まれ、さらにTさんが受給する生活保護のお金も取られるなど、経済的DVを受けていました。そこでその兄と引き離すため、行政の措置でグループホームに入居し、成年後見制度の利用も始めました。
経済的にも厳しく、施設内でトラブルがあったり、精神的に不安定になって入院したりと、なかなか平穏無事な生活とはいきませんが、Tさんにはたくさんの支援者が関わっています。
Tさんが病院から退院することになった時、Tさんの成年後見人、作業所の所長、グループホームの管理者、行政の障害担当、生活保護担当、計画相談事業者が集まりました。
そして、退院後のグループホームでの生活にあたって注意すること、かかりつけの病院のことなどについて、本人や病院関係者を交えて話し合ったのです。
本人を支えるのは
地域のつながり
Tさんにはお金はありません。頼れる家族もいません。でも、将来の生活についてはとりあえず安心できる環境にいます。
それは、本人を支える人々が周囲にいるからです。いろいろと課題はありながらも、本人のことをよく知る人たちがチームとなって支えてくれることで、安定した生活が確保されています。
本人をどのような形で支えるにしても、可能であれば、チームで支える仕組みが理想的です。成年後見制度を利用するとしても、後見人が本人に関する重大な決定をする前に、本人に関わる人たちと話し合う環境があればより安心です。
きょうだいが支援する場合でも、きょうだいだけにすべてを背負わせるのではなく、様々な支援機関や福祉担当者を巻き込んだ態勢を整えることが望ましく、本人及び支えるきょうだいにとっても大変心強いと思います。
どうすればこういう関係性が構築できるのか。支援チームが作れるのか。明確な答えはありません。しかし「地域の中でつながりを持つ」「周囲を巻き込んでおく」「本人を知る人を増やしておく」といった事前準備が、きっと本人の将来ために役立つことでしょう。