知的障害を持つお子さんと暮らしながら、同じ境遇にいる人たちの不安や悩みを少しでも軽減できればと、長年勤めた出版社を退職して「親なきあと」相談室を立ち上げた渡部伸さんによる連載コラム。自らの経験をもとに「親なきあと」に関する役立ち情報をお伝えしていきます。
全国に広げたい
「親なきあと」相談室
「親なきあと」相談室とは
私が主宰している「親なきあと」相談室では、メールや面談で障害のある方のご家族からの悩みや不安を伝えていただき、相談にお応えしています。
親が子の将来について、誰かに相談をしたいと思っても、現状ではなかなか適当な窓口がありません。例えば、福祉サービスだったら市区町村の福祉課や計画相談事業所、成年後見制度であれば社会福祉協議会などで相談は受け付けてくれると思います。
ところが相談内容によって相手が変わってくるので、事前に何を相談するかを明確にしておかなければなりません。また、相続などお金に関することは、行政では受けてくれないので民間の専門家を探すことになります。
さらに具体的な質問ではなく、「将来の『親なきあと』が不安だ」「何から手をつければいいのか」といった漠然とした悩みの場合、「一体どこに相談しに行けばいいかさえ分からない」というのが現実でしょう。
そのままだとモヤモヤとした気持ちがどんどん膨らんできてしまい、「不安で押し潰されそう」ということになりかねません。
そんな状況は良くない。変えなければ。
もし最初に相談できる場所があれば、不安が大きくなる前に課題が「見える化」できて、次に何をすればいいのかが分かるはず。そう思った私は、この「親なきあと」相談室を始めました。
とにかく漠然と「不安だけれど、何から手をつけていいか分からない」という場合は、困っていることを言葉にして誰かに伝えていくことで、課題が少しずつ明確になり、次のステップに進めます。
成年後見制度の利用について、相続に関して、グループホームについて、あるいは障害者や引きこもりの方、本人のきょうだいにはどこまで頼っていいか……などなど、具体的な相談を受けることもあります。
実はこのような場合、相談者自身である程度の結論が出ていることが多く、話すことで背中を押してもらい、考えていたことを実行に移せるという効果もあります。
それ以外にも、お子さんの障害に対する身内の無理解の辛さを訴える方などもいらっしゃいますが、思いを吐き出したことで、「ちょっとスッキリした」「また頑張ろうと思えた」と言っていただけたこともありました。
相談した方に共通しているのは、「困った時や悩んだ時、相談できる場所があると思えると心強い」ということ。
早い段階から不安を話すことで、親御さんそれぞれが本当に切迫した状態になる前に、どんな準備が必要かを知り、その準備をする状況を作ることができるのです。
「親なきあと」相談室は、何かを解決する場ではありません。あくまで予防的な対応をする場所です。病気で言えば、重病になってから大病院に駆け込むのではなく、ちょっと体調が悪い段階でかかりつけのクリニックに行く。そんなイメージです。
相談の中で反省したこと
私が相談室を始めてからもうすぐ10年になります。講演会や著書で情報を発信し、面談による個別相談やメール相談をお受けしていて、件数は年間でそれぞれ100件程度です。
メール相談を受ける中で、以前こんなことがありました。
遠方にお住まいの、ある引きこもりの方のご家族からメールでお問い合わせをいただいたのですが、文面だけではお尋ねになりたい内容がなかなか分かりづらく、問い返しても要領を得ずという繰り返しで、10回以上メールのやりとりをしました。
次第に状況が見えてきたので、対応してくれそうな地域の支援機関を調べ、直接連絡を取ってもらうよう勧めました。
ところが、なかなかそちらには連絡をしてくれず、その後も何度も私にメールで同じ相談をするということが続きました。
このまま私に連絡しているだけでは、その方に本当に必要な支援が届きません。早く地元の相談機関につなげるにはどうすればいいかと悩んだ結果、「もう私からは具体的に役に立てることはできないので、地元の機関に相談してください」と最後のメールを送って、お終いにすることにしました。
どうやら相談者の方は、地元とはいえ、知らないところに連絡することが怖かったようです。こちらにメールすれば、とりあえず何らかの返信が来るので、それで安心していたのかなと感じました。
しかし、遠方の私では日頃の具体的な支援は残念ながらできません。これは苦い経験になったと同時に、なるべく早めに地域につなげる必要性を痛感する出来事となりました。
そして、私と同じような活動をしている相談窓口がどの地域にもあれば、こういったこともなくなるだろうと考えるきっかけにもなりました。
全国に広げたい
「親なきあと」相談室
親が悩んでいる時、将来を考えると不安で仕方がない時に、とりあえず駆け込める窓口が近くにあると心強い。全国各地域に相談窓口があれば、悩む親たちを支える拠り所になれる。
そう考えて、私は講演会などでいろいろな場所を訪れた際に、「『親なきあと』相談室を開いてください」とお願いしています。
「親なきあと」相談室が全国に広がり、障害者と家族のサポートをしてくれる団体がどの地域にもでき、親たちがいつでも相談できる状況になれば、悩みを自分たちだけで抱え込まず、不安な時には話を聞いてもらい、一歩前に踏み出せる……そんな環境ができてほしい。
社会福祉法人、弁護士や司法書士、行政書士、ファイナンシャルプランナーや親の会などに、個人あるいは団体など組織の形態は問わず、取り組んでほしいと考えています。
ユニークなところでは、複数のお寺が相談室を開設して、障害者家族に寄り添う支援に取り組んでくださっています。現在では相談室の数は約100ヶ所まで増えてきました。
大分県社会福祉事業団の取り組み
大分県社会福祉事業団では、2017年1月から県内6ヶ所で「親なきあと相談室」を開設し、障害者の家族の相談に対応しています。
始まった時の取り組みの内容ですが、事業団内の相談員を対象に、「親なきあと」に関する制度や仕組み、相談事例検討会などの研修を行い、研修修了者は「親なきあと」相談員として活動します。
また、県内の行政や民間の専門職などと連携し、家族のニーズに合わせて、必要な窓口につないでいるとのこと。県内のメディアなどでも取り上げられました。
この社会福祉事業団の取り組みは、行政も動かすことになりました。2019年からは、親なきあと相談員の研修事業に県が予算をつけることになったのです。
3年間の事業の後、今度は市町村が独自で事業を展開できるよう、新しいステージで継続して予算化しています。大分県の事業として、「親なきあと相談室」が展開されようとしています。
これが実現すると、最終的には各市町村の社会福祉協議会等に「親なきあと」相談窓口ができ、地域の専門職とも連携して、親や家族の相談にワンストップで対応可能となります。
大分県モデルをすべての都道府県に!
この取り組みを知ることにより、「こういった相談室は、当事者の地域の状況や、社会資源をよく知る方々によって運営されるべきだ」という思いを強く抱きました。
大分県のように、社会福祉事業団、あるいは社会福祉協議会のような、地域に根差した福祉のプロが事務局となり、相談員を養成しながら最初の相談先になる。
さらに、障害福祉に理解のある司法書士や行政書士、弁護士、社会保険労務士、税理士などの専門職と連携して、お金に関する相談については具体的な対応をしてもらう。
このような体制がすべての地域にできてくれれば、障害者の家族としては大変心強いと思います。もちろんそこからは専門職に対する費用が発生しますが、悩む家族であれば当然必要な対価だと理解してくれるはずです。ちなみに、群馬県の社会福祉事業団でも、同様の取り組みを始めています。
前述のように、現在でも私のネットワークで「親なきあと」相談室を開設している100ヶ所の窓口があります。こういった資源もぜひ有効に活用してほしいと思います。
もしかしたら、相談室を開設してもさほど相談件数は多くないかもしれません。しかし、大切なのは「いつでも相談できる窓口が常に存在している」ことだと思います。
全国の福祉行政に携わるみなさんには、大分モデルを参考にしていただき、「親なきあと」相談室の開設や、地域の専門家との連携による体制づくりに取り組まれるよう、ぜひお願いしたいと思います。
大分県社会福祉事業団でも、視察やヒアリングの依頼はウエルカムとのことですし、もし私に何かできることがあるようでしたら、積極的にご協力したいと考えています。
「親なきあと」相談室(外部サイト)
https://www.oyanakiato.com/