この連載では、臨床心理士の松田英子先生が『通販生活』読者がみた夢を分析します。今回取り上げるのは、二人の読者がある時期までよくみていたという夢です。よくみる印象的な夢をみなくなるタイミングは、人生の転機と重なることもあるようです。
1万人の夢を分析した
松田英子先生夜の暗い海岸で
岩場をひたすら走る夢。
仕事と家事と看病に
追われる焦燥感が夢に表れた。
今回分析するのは現在70代の読者の方が、
数年前までよくみていたという夢です。
この夢をみていた時は仕事と家事に加えて
病気で倒れたご主人の看病で忙しく、
心身の余裕がなかったそうです。
私はこんな夢をみた
暗い海で、岩がごつごつしている所を、何かから逃げている夢。私はず〜っと走り続けているんです。ただただ怖い気持ちでした。
(さっちゃんさん、自営業、70代)
暗い海のごつごつとした岩場は、
走りにくい上に危険です。
明かりがなくて暗い分、
この先どうなるかが分からないところも
不安をかきたてます。
こうした夢のシチュエーションは、
この時のこの方の心理的状況と
リンクしていたのかもしれません。
ただ、懸命な看病の末に
ご主人を見送られてからは、
この夢を一度もみていないそうです。
逃げる夢は
将来の見通しが立たない若者に多いのですが、
この方の場合には、ご主人の介護、看病という
終わりの見えない生活と関連していそうです。
後悔のない看病をやり切ったからこそ、
ご主人の看病に追われていた日々の
不安や焦りの感情に紐づく夢もみなくなった。
そう考えることもできそうです。
樹齢300年の老木に腰掛け、
真っ暗な家を眺める。
次は、現在50代の方が
10歳頃によくみていたという夢を紹介します。
私はこんな夢をみた
夢の中の私は、実家の二階にある真っ暗な部屋でふと目覚める。ふと階下から階段を上がってくる足音のただならぬ激しさに不安にかられ、窓から飛び出し、もがきながら上を目指して飛んでいく。目の前には、いつも窓からボンヤリ眺めているタブノキ。樹齢は300年はあろうかというその老木にしがみつき、大きな枝の上に腰掛ける。ほっとして家の方を振り返ると、真っ暗な夜の中に真っ暗な家が薄いアウトラインに縁取られたように建っている。夜空は星が降るように瞬いていて、眩しいくらいの光を放っている。
(5匹の猫まんまさん、専業主婦、50代)
この方は子ども時代から
家族との関係に悩んでいたそうです。
空を飛び、暗い家を抜け出す夢をみることで、
自分と家族との関係を一定の距離をとって眺める。
それが子ども時代のこの方なりの、
自分の心を守る方法だったとも考えられます。
夢の世界では、老木の枝に腰掛けて安堵しています。
またこのとき、星も瞬いています。
この方にあたたかく寄り添ってくれる
年長の方がいたのかもしれません。
人生の転機が、悪夢の
卒業につながることも。
この夢は、詩的な表現に満ちた
ファンタジックな世界感にも特徴があります。
この創造力あふれる夢の世界には、
辛い現実を生き抜くために、
心の内に安心できる場所をつくりだそうと
イマジネーションを磨いてこられた、
けなげな足跡がみえるようにも思えます。
現在では、この夢をみることは全くないそうです。
暗い家から逃げ出す夢と現実の出来事との関わりを
ご自身で認識することで、時間をかけて
心の整理をつけてこられたのかもしれません。
あるいは、ご自身が年齢を重ねる中で、
ご家族との関係も変化してきた可能性も
考えられます。
夢は私たちの記憶や感情、
心身の状況を反映して脳内でつくられる
仮想の世界です。
いつでも現実と双子の関係にあるからこそ、
悪夢の原因となるような出来事が終了したり、
その出来事への心残りがなくなったりしたときには、
悪夢を卒業することもあるのです。
辛い心理的状況を呼び起こす悪夢を
無理に思い出す必要はありません。
ただ、以前よくみていた夢をみなくなったとき、
その原因を考えてみることは、
ご自身の心のありようを大きく変化させるような
転機がどこにあったのかを
知る手助けともなります。
長い人生の中で変化していく
自分の心の動きを観察する一つの方法として、
覚えておいてくださいね。
まつだ・えいこ●東洋大学社会学部社会心理学科教授、博士(人文科学)。公認心理師・臨床心理士。主な研究テーマは、睡眠の改善から心の健康を高めること。『今すぐ眠りたくなる夢の話』(ワニブックス)、『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』(朝日出版社)、『夢を読み解く心理学』(ディスカバー携書)など、夢に関する著書多数。
※次回は「54歳の保健師がみた、穏やかな川を眺める夢」を分析します。(3月18日公開)
(3月18日公開)
※読者の夢には、表記の変更や分析に関係のない部分の省略などの編集を加えています。
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第1回
50代会社員がみる隠し部屋の夢
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第2回
古希間近のフリーランスライターがみる隠し部屋の夢
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第3回
60代講師がみる実家の戸締りができずに焦る夢
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第4回
70代主婦がみる誰かの部屋とつながった家の夢。
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第5回
40代主婦が過去にみた架空の学校をさまよう夢。
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第6回
50代の読者がみるエレベーターで下降する夢。
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第7回
50代読者がみたゴルフボールの夢
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第8回
21歳で出産するときにみた空を飛ぶ夢。
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第9回
小学生のときにみた家の中を飛ぶ夢。
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第10回
51歳の漫画家がみた母校のグラウンドを飛ぶ夢。
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第11回
松田先生がみた太陽と月を抱きしめる夢
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第12回
1時間に1本しかない通学バスに乗れずに焦る夢。
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第13回
なぜか自分の乗ったタクシーの運転手が逃げてしまう夢。
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第14回
50代の公務員がみた乗り物に乗り遅れそうになる夢。
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第15回
トイレに行きたいのに行けず、途方に暮れる夢。
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第16回
立派すぎるトイレに案内され、用を足すのをためらう夢。
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第17回
不完全なトイレに戸惑いながら最後には排せつをする夢。
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第18回
夜中、自宅の寝室で侵入者に怯える夢。
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第19回
夜の暗い海岸で岩場をひたすら走る夢。
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第20回
深くて流れのない川を誰かと一緒に眺める夢。
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第21回
亡き母が人生の節目を夢で祝ってくれた。