京都伝統の黒染めで、
あなたの大切な服と
思い出がよみがえる。
服を捨てるときに胸が痛むのは、人生の大切な時をともに過ごし、思い出を彩ってくれた伴走者でもあるから。シミや黄ばみで着られなくなった服たちを捨てずに生まれ変わらせる試みが、いま、 京都から広がろうとしています。
服の廃棄が止まりません。わが国で年間に捨てられる服は約50万トン。世界全体では、1秒にトラック1台分の服が処分されるという報告もあります(※)。
この使い捨ての潮流に、伝統技術で「待った」をかけたのが、京都紋付(1915年創業)4代目の荒川徹さん(65歳)。社名が表しているように着物の反物の黒染めを専門とする染め屋さんです。
「ここ壬生(みぶ)は、水が豊かな染め屋の町。いまも地下水を汲み上げて黒染めをしています」荒川さん
「京都では、染め屋はまず友禅のような柄染めと無地に分かれます。無地はそこから色染めと黒染めに分かれる。うちは、『黒染め屋はん』言うて、黒紋付の染めをひたすら追求してきた染め屋です」
黒紋付はわが国の第一礼装。「色なき色」である黒の染めは難しく、品格のある黒に染めるためには藍や紅で下染めをしてから黒染めを重ねます。代々深い黒染めだけを追求してきたからこそ、昨今の葬儀のカジュアル化は死活問題になりました。
「紋付を着んようになったでしょう。1日1000反染めてたんが、週10反。注文がきいひん。伝統技術はいちど途絶えたら戻せしません。何としても黒染めを伝承する。頑なに守る。それにはいま世の中に必要とされている形に変えてうちの染め技術が役に立たなあかん。考えた末に思い出したのが、子どもの頃に工場の隅で見かけた洋服の染め替えでした」
大切な服と思い出がよみがえり、
また人生をともにできる喜び。
着物はわが国のもったいない文化の最たるもので、親から譲り受けて仕立て直したり、派手になった柄を無地に染め変えたり、「永く着る」ことを前提としています。荒川さんの幼少期、昭和30年代には、着物の染め変えのついでに、汚してしまった洋服も黒く染めてほしいという注文が時折あったそうです。
「洋服も着物と同じやと。大事なもんは永く着たいけど、よみがえらせる技術が広がっていないだけやと気づいたんです。と言うても、着物と洋服では素材も形も違う。紋付の看板に 恥じない深い黒をどうやったら表現できるか。洋服地に特化した黒染めを一から研究しました」
染料を選び直して染め温度の実験をくり返し、下染めのあと黒の深みを増させる「深黒(しんくろ)加工」を加えることで、納得のいく黒にたどり着いたそうです。
「真っ黒」の素となる染料。赤茶みがあるが水で溶くと墨汁のような黒になる。
「企業秘密なので詳しくお教えできませんが、簡単にいうと光を吸収する加工です。黒は 光を反射すると凹凸が目立って白っぽい黒に見えてしまう。この光を染料で打ち消して黒 に深みを与えています」
洋服の深黒加工の完成は2001年。口コミで評判がじわじわと広がり、いまは月に1000着以上の洋服の染め替え注文が来るそうです。
「お父さんの形見のコートや、息子さんが初任給で買うてくれたブラウスがまた着られるようになりました言うお電話をしょっちゅういただきます。喜んでくれはる声を聞くと、思い出ごとお預かりしてよみがえらせているんやなと感じます。黒染めの復活力は、世界でも必要とされる技術やと確信しています」
(※)環境省ホームページ『サステナブルファッション』、エレン・マッカーサー財団『A NEW TEXTILES ECONOMY:REDESIGNING FASHION’S FUTURE』。