梅干博士が解き明かす
梅干の超健康パワー!
イラスト/日野優子
「梅はその日の難逃れ」
「一日一粒で医者いらず」
これらの言い伝えは、医学的に正しいのだろうか?
そんな疑問から20年以上も梅干を研究されている
〝梅干博士〟がいると聞き、お話を伺いました。
教えてくれる人
宇都宮洋才さん
うつのみや・ひろとし●大阪河﨑リハビリテーション大学。機能性医薬食品探索講座教授。医学博士。梅の効能を医学的に解明する紀州梅効能研究会のプロジェクトリーダー。和歌山県みなべ町の梅の生産者や研究者とともに20年以上に渡り梅干の研究に携わっている。著書に『梅干をまいにち食べて健康になる』(キクロス出版)。
梅干の言い伝えは本当なのか?
25年前、私が和歌山県立医科大学に助教として赴任したとき、せっかくなので和歌山名産の梅の研究ができないかと考えました。
梅干には、「梅はその日の難逃れ」「一日一粒で医者いらず」という言い伝えがあります。梅干を食べることで、その日一日、病気にならないという意味です。昔から、梅干が健康にいいということは経験的に知られていて伝えられてきたのです。
梅干について言い伝えられてきたことが他にもあるはず。まずは梅の日本一の産地である和歌山県みなべ町の住民に聞いてまわってみることにしました。
みなべ町では梅の生産者が多く、梅干を食べる習慣のある住民の方がほとんどでした。梅干を食べたらどんないいことがあるか、言い伝えのようなものがあるかたずねると、
「ご飯がまず腐らない」
「お酒を飲んだときに梅干を食べると二日酔いにならない」
「風邪を引かない」
といったことを話してくれました。
ただ、これらの言い伝えに科学的、医学的な裏付けはほとんどありませんでした。それならば私が医学的に効果・効能を証明しよう、というのが梅干研究のはじまりです。
これまでに解き明かした
梅干の健康パワー
- ①ご飯が腐りづらくなる。食中毒予防になる。
- ②二日酔い防止。
- ③インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスの感染を抑える。
- ④胃がん・胃潰瘍予防。
- ⑤血圧の上昇を抑えて、動脈硬化の進行を遅らせる。
- ⑥血糖値の上昇を抑えて、糖尿病の予防に。
ひとつずつ見ていきましょう。
①ご飯が腐りづらくなる。食中毒予防になる。
暑い日にお弁当のお米が腐って、納豆のようにネバネバになってしまった経験はありませんか。
腐敗は細菌が増殖することで起こります。
下の写真は、2本の試験管に黄色ブドウ球菌を入れた実験です。右の試験管だけに梅干を入れて、菌の繁殖を促すために体温と同じ37℃に温めて一晩置きました。
黄色ブドウ球菌の増殖テスト

はじめはどちらの試験管も透き通っていましたが、梅干がない左の試験管は、黄色ブドウ球菌が増殖して後ろの模様が見えなくなるくらい濁りました。
それに対して右の梅干を入れた試験管は透き通ったまま。これは黄色ブドウ球菌がほとんど増えていないということです。
病原性大腸菌(O-157)でも実験しましたが、同様の結果でした。
②二日酔い防止。食中毒予防になる。
ラットにアルコールを与える実験をしました。
アルコールだけを与えたラットの胃は黒くなってしまいました。黒くなったところは出血であり、潰瘍になっているのです。
別のラットのアルコールには梅エキスを入れてみました。すると、胃はピンクの状態で、ほとんど病変はみられませんでした。
ラットのアルコールテスト

アルコールを飲ませたラットの胃

アルコールと梅を飲ませたラットの胃
このことから、梅に含まれる成分には、胃の粘膜を保護する役割があることがわかりました。お酒を飲むときに、梅を食べると胃が守られ、二日酔い防止にもなります。
③インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスの感染を抑える。
下の写真を見てください。
インフルエンザウイルス増殖テスト

左が通常の細胞です。
右がインフルエンザウイルスに感染させた細胞。白くなっているのは死んでしまった細胞です。
真ん中がインフルエンザウイルスに感染させたあと、梅干の成分を入れた細胞です。死んで白くなった細胞がほとんどなく、通常の感染していない細胞と大差ありません。
これは「エポキシリオニレシノール」という成分のおかげで、私たちの研究グループが世界ではじめて発見しました。
新型コロナウイルスを使った実験も行いました。中国の武漢で最初に出た「武漢株」を使い、インフルエンザウイルスのときとほぼ同じ結果となりました。
梅干には、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスの感染を防ぐ働きもあるのです。
④胃潰瘍・胃がん予防。
胃炎や胃潰瘍の原因として知られるピロリ菌という細菌があります。ピロリ菌は、胃の中を動き回って酵素を出すことで胃に炎症を引き起こします。
対策としては、除菌をするか、またはピロリ菌の活動を低下させることです。
梅干は「毒消しに功あり」とも言われます。梅の中にはピロリ菌の活動を低下させる成分が含まれているのではないかと探したところ、ありました。「シリンガレシノール」という成分です。
ピロリ菌に梅のシリンガレシノールを加えたところ、ピロリ菌が丸く変形して運動がピタッと止まったのです。
ピロリ菌は胃がんの原因にもなりますから、梅干は胃がん予防にも有効だと言えるでしょう。
⑤血圧の上昇を抑えて動脈硬化の進行を遅らせる。
梅干は漬物なので塩分は高めです。「梅干を食べたら高血圧になる」と心配する人は多いのではないでしょうか。
でもその心配、本当なのかな?と思って、継続的に2000人規模の住民健康調査を行いました。その結果、習慣的によく梅干を食べる人が、食べていない人に比べて血圧が高いという傾向は見られませんでした。
統計学的には梅干を食べても高血圧にならないことはわかりました。次は実験です。
塩をたくさん摂ると、私たちの体の中では「アンジオテンシンⅡ」というホルモンが血管を収縮させて、血圧が上がります。そこで、塩を多く摂取した高血圧のラットたちを2つに分けて、ただの水を与えるグループと、梅エキスを加えた水を与えるグループをつくりました。ただの水を飲んだラットたちの血圧は140を超えたのに対して、梅エキス入りの水を与えたラットたちは110台。ふつうのラットと変わらない正常血圧でした。
梅には血圧を上げにくくする作用があるのです。血圧が上がれば動脈硬化が早まりますから、梅の成分は動脈硬化の進行も抑える効果が期待できる、と言えます。
⑥血糖値の上昇を抑えて、糖尿病の予防に。
⑤の血圧のラット実験と同じやり方で、血糖値のラット実験を行いました。
糖尿病のラットたちを分けて、ただの水を与えるグループと、梅エキスを加えた水を与えるグループをつくりました。ただの水を飲んだラットたちの血糖値は185㎎/㎗と高いまま。一方、梅エキス入りの水を与えたラットたちの血糖値は130㎎/㎗以下に下がりました。この結果は、梅の成分が小腸で糖質を吸収する酵素の働きを弱めているためと考えられます。
最後に
梅干にはたくさんのすぐれた効用があります。梅干を毎日の食事に加えることは、和食のメニューが増えて、バランスのよい食事に近づくという効果もあります。
いいことづくめの梅干ですが、あくまでも食品であり、薬ではありません。
胃潰瘍や胃がん、高血圧、糖尿病を梅干で治そうと考えてはいけません。
毎日の生活を、楽しく過ごすための一助になればと願っております。健康的な食生活の一環として、おいしく召し上がってください。
ライター/高木みどり