[スロワージュ]特別対談――生きることは変わること。平松洋子 × 草刈民代 変化を恐れず今を生きる。

近著『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』(新潮社)で、
アスリートたちの食と体の関係を深く掘り下げたエッセイストの平松さん。
日本を代表するバレリーナとして美しさを体現してきた草刈さんと、
年を重ねるごとに変化する体や考え方、
内なる自分らしさとの向き合い方についてお話しいただきました。

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平松洋子さん

ひらまつ ようこ●58年生まれ(67歳)。作家、エッセイスト。世界各地を取材して回り、食文化と生活、文芸と作家をテーマに執筆活動を行う。

草刈民代さん

くさかり たみよ●65年生まれ(59歳)。16歳で『牧阿佐美バレヱ団』に入団し、プリマバレリーナとして活躍。09年に引退し、現在は俳優として活動している。

理由のない不調が
生活を変えるきっかけでした。(平松さん)

草刈さん
平松さん、本当に肌のキメが細かくてきれいですね。著書も拝読していて、あれだけ食に関して深い知識をお持ちなわけだから、秘訣はやはり食べるものにあるのでしょうか。
平松さん
草刈さんに褒めていただいて恐縮です(笑)。食事には自分なりに気を配ってはいるのですが、とりあえず普段の生活リズムが影響しているかもしれません。
草刈さん
どんな生活をされているんですか?
平松さん
夜は10時過ぎに寝て、朝は毎日4時半ごろに起きています。執筆は午前中から夕方にかけて集中的に。夜は、机に向かいません。じつは、意図的に生活リズムを早朝パターンに変えたんです。50代手前のころ、体がどんより重だるく、調子が悪い日が増えてしまい、何か変えなければ改善できないと痛感したのがきっかけです。ちょうどこのころ、ハイヒールと自転車も処分しました。とにかくもっと歩いた方がいいと思ったんです。
草刈さん
体の変化を感じるタイミングってありますよね。私は39歳のころ、それまでは足をひと振りすればすっと体が自然に浮くように飛べていたのが、急に重たく感じるようになって。そこから徐々に今までみたいには動けないと実感することが増えていき、引退を考えるようになりました。
平松さん
引退されたのはいくつの時ですか?
草刈さん
44歳になる年ですね。足を痛めてしまったこともあって、最大限の力を発揮できないのであれば、もう辞めるべきだと思いました。
平松さん
引退ののち俳優に転身なさいましたが、草刈さんは人に見せること、見られることが仕事。物書きの私は言葉を隠れ蓑にしているところがあり(笑)、自分の体で表現する草刈さんとは、体との向き合い方が根本的に違うかもしれません。
草刈さん
ダンサーから俳優に転身した私は特殊な例だと思います(笑)。平松さんとは反対で、じつはこの2年ほど運動することをやめてみたんです。そうしたら筋肉がゆるんできて、かえって体の調子がよくなってきました。股関節や腰の痛みとか、私の場合は使いすぎての不調だったから。
平松さん
凄まじいお話ですね。何十年も厳しい鍛錬を重ねて築き上げた体の仕組みをいったん手放すのは、簡単なことではなかったと思います。
草刈さん
不安はありました。身体を変えるというのは、踊ってきた歴史を手放すことでもあるので。じつは、それが一番怖かったことかもしれません。

何をどう変えるか、判断をするのは自分。
今は本当の自分らしさを模索しています。(草刈さん)

平松さん
とはいえ、草刈さんのような経験は、持とうと思っても持てない特別なもの。
草刈さん
でも俳優という仕事においては、鍛えすぎた体は足かせになってしまう。腹筋がガチガチでは腹式呼吸もできないんですよ(笑)。それから「草刈さんっぽい」というイメージから、離れてみたいという思いもありました。踊っている時にはわからなかったのですが、私は自分自身よりもダンサーとしてどうあるべきかを優先して生きていたようです。我慢することにも慣れすぎて、どこか麻痺していたところがあったと最近気づきまして。今は自分が本当にしたいこと、幸せを感じることは何なのか模索しているところです。
平松さん
そうでしたか。いくつになっても、みんな旅の途中ですよね。私は60代に入ってからアシュタンガヨガ(注:ヨガの流派のひとつ。呼吸と動きを連動させ、決まったポーズを順番に行う)を始めたのですが、自分の身体や精神と向き合ううえで、思いがけない扉が開きました。さまざまなアーサナ(決まったポーズ)をとりながら休みなく続けるハードなヨガなんですが、先生がカウントしながら「腸腰筋を伸ばして」「仙骨を立てる」「背骨の間のスペースを広げて」など、言葉で細かく指導してくださる。筋肉や骨をどう動かすか、身体の内部に意識を集中すると、しだいに無の境地になってくる。自分の内部に意識を向けていく過程がとても刺激的です。
草刈さん
深いところで自分と向き合っていらっしゃいますね。自分のことを知るって当たり前だけどすごく大切ですよね。自分を持っていないと、今の時代は情報が山のようにあふれているしどんどん流されてしまいそう。美しさの基準だって本当は人それぞれだけれど、ともすると他者が納得する形に自分をはめ込んでしまいがちです。
平松さん
はい。美しさって、時代や社会の価値観が反映されたりする概念だから、他者の視線が入り込むと混乱しがち。私は、できるだけいろんなことを手放していって、最後にふっと残ったものがその人の美しさなのかなと思うんです。取材などで長く生きてこられた方とお会いすると、深い皺のなかに得も言われぬ美しさを感じて、見惚れることがあります。
草刈さん
自分で判断する価値基準を持っていることが大切ですよね。それが自分らしさに繋がっていく。
平松さん
その「自分」にしても刻々と変化しますよね、アメーバみたいに。暮らしぶりや環境も年月とともに変わっていくわけだから、考え方や習慣も柔軟に変えなければ、生活者としての自分が歪になっちゃう。
草刈さん
やりたいことがあったら、私らしくないわと思わずに挑戦してみることも大切ですよね。失敗したっていい。失敗して得るものや、失敗しないと分からないこともありますし。
平松さん
そうですね。続けてみて、ちょっと違うなと感じたら、あっさり捨てちゃえばいいと思うんです。その判断ができるのは自分だけ。迷っていたら、時間がもったいない(笑)。
草刈さん
平松さんはご自身のことを生活者とおっしゃいますが、その生活者としての感覚が幅広くあるほど、生きることが充実して安定していくと思うんです。平松さんは食べるものはもちろん、体に対するご興味があれだけの本になってしまうわけですから、本来人間にとって必要な感覚が研ぎ澄まされているように感じます。
平松さん
どうなんだろう……私、何を食べなくちゃ、何をしなくちゃ、と無理に決めるとすごくストレスになるので、禁欲的なのは苦手なんです。タンパク質がとれる豆類は積極的にとるようにしているんですが、瓶で保管して視覚的に情報が入るようにするとか、とにかく楽しむのが大事かな。
草刈さん
タンパク質は体をつくるために必要ですものね。私は現役時代に、朝は生野菜をとるといいと指導を受けてから、毎朝サラダをつくって食べています。こだわっているのはそのくらいです。私は人より節制した食生活を送ってきましたが、健康にいいって聞いたらそれだけでおいしく感じちゃうタイプなのです。それこそプロテインですらおいしいと思えちゃう。
平松さん
自動的に脳内変換の習慣が根づいていらっしゃるんですね。私も、ご馳走にはあまり興味がないの。ご馳走の概念がズレてる(笑)。私にとってのご馳走は、ピタッと絶妙なゆで加減のほうれん草のお浸しとか。納豆にオリーブオイルをかけるのが好きなんですが、おじゃこやごまを混ぜてガーッとかき混ぜ、スプーンですくいながら赤ワインと一緒にちびちび食べていると、ものすごく幸せなんです。安上り(笑)。
草刈さん
そういう幸せが生活者としての醍醐味なんでしょうし、その積み重ねは人としての幅に繋がりますよね。食べ物といえば、私8年前からトレッキングに行くようになって。踊っていた時は、稽古以外で足を使うなんて嫌だったから絶対にやらなかったのに。でも山に入ったら空気も違うし気持ちがいい。それで頂上で食べたらコンビニのおにぎりがすっごくおいしくて! こういうことも楽しめる自分が意外でしたし、新しい発見でした。
平松さん
ご自分が出会っていない草刈さんが、まだたくさん隠れている。
草刈さん
こうなりたいっていう理想や目標はあえて持たずに、自然に変わっていく自分を楽しんでいこうと思います。若いころから目標に向けて努力することばかりだったから、今年は還暦だし、何かを目指さなくてもいいかなって(笑)。
平松さん
私も、考えるのはせいぜい1週間単位くらいで、目の前のことで精一杯。今日の健康は、決して当たり前のことじゃないと肝に銘じるのも大切だと思っています。

平松さんの食の楽しみ

平松さんの台所には、瓶詰めにした豆類や自分で炒った玄米がズラリと並ぶ。

平松さんの近刊『おあげさん油揚げ365日』(文春文庫)は偏愛する油揚げのことだけを語りつくした一冊。

草刈さん直伝!
アボカドマリネの
サラダ

材料(すべてお好みの量で)

ミニトマト、アボカド
オリーブオイル
バルサミコ酢(赤でも白でも)

ベビーリーフ・ルッコラ
わかめ、サラダチキン

つくり方

1.ミニトマトは半分に、アボカドは1.5cm角に切り、オリーブオイルとバルサミコ酢、塩でマリネする。
2.ベビーリーフやルッコラを皿に盛り、わかめ、サラダチキンをのせて1のマリネと和えながらいただく。