![[スロワージュ]特別対談――年齢は、決めずに生きる。井上荒野 × 江國香織](/slowage/magazine/2025midsummer/taidan/assets/images/mv.jpg)
今年6月にドラマ化された
『照子と瑠衣』(NHKBS)をはじめ、
井上荒野さんの作品には、
自由でチャーミングな老女たちがたびたび登場します。
70歳ですべてを捨てて逃避行する
照子と瑠衣のような関係に
「いつかなりたい」と井上さんがおっしゃるのが、
36年来の友人の江國香織さん。
ともに60歳を過ぎたお二人に、
「年齢を重ねること」について
語り合っていただきました。
井上荒野さん
いのうえ・あれの●1961年東京生まれ。作89年『わたしのヌレエフ』でフェミナ賞、08年『切羽へ』で直木賞ほか受賞作多。近作は『私たちが轢かなかった鹿』(U-NEXT)。
江國香織さん
えくに・かおり●1964年東京生まれ。89年『409ラドクリフ』でフェミナ賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞ほか受賞作多。詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。
- 井上さん
- 最初に会ったのは、私が28歳で江國さんが24歳のときだよね。フェミナ賞を同時受賞して、そのあとも文芸誌の企画で呼ばれたり。あの頃、私たち「二世作家枠」だったから。
- 江國さん
- 女性作家も多かったね。
- 井上さん
- 雑誌の企画で草津へ行ったりして。楽しかったよね。
- 江國さん
- 楽しかった。でも、雑誌なのに湯もみの唄を歌わされたじゃない?
- 井上さん
- 無茶苦茶だったよね。私たち新人だし、何も知らなかったから。
- 江國さん
- 半裸みたいなタオルを巻いたような恰好で、プロの人に指導されて。
- 井上さん
- ものすごいスパルタでね、声が小さい!もっと腰を入れて!って。
- 江國さん
- 草津よいと~こ♪って真剣に歌ったけど、考えてみたら、雑誌に出るのは写真だけなんだから、声の大きさはどうでもいいんだよ。
- 井上さん
- あと、湯もまなくてもポーズでいいんだよ。

- 江國さん
- 私と荒野さんが似ているのは、言いなりになっちゃうところ。わりといい加減よね、私たち。
- 井上さん
- 面白がるポイントも一緒だし、許せないこともたぶん似ている。
- 江國さん
- フェミナの何年かあとにヘンな座談会があったじゃない?ある方が「芸術にはヒエラルキーがあって、上から音楽、美術、文学の順で、きみたちは下からだから」っておっしゃって。いまなら「そんなヒエラルキー、誰が決めたんですか?」って言えるけど、そのときは「そうなんですね、頑張ります」とか言って。
- 井上さん
- そう言った自分がすごくくやしくて。最寄りの調布駅に着いたとたんに二人で爆発したじゃない?噴水の前のベンチに座って、「ちょっと……アタマこない?」って(笑)。
- 江國さん
- 電車に乗っている間は二人とも何も話さなくて、調布に着いてようやくね。反応の遅さも似ているんだよ。でね、私たちはその方の本を頑張って読んで座談会に挑んだのだけど、荒野さんが「あの本を机の下に置いて、足をのせてやる!」って言ったの(笑)。
- 井上さん
- ホントにしばらくやった。
- 江國さん
- その発想も似ている。クレームを言うのではなくて、足をのせる。
- 井上さん
- すごく情けない感じの復讐(笑)。
- 江國さん
- そのあと12年くらい間があいて、40歳前後から頻繁に会うようになって親戚みたいなつきあいになるんだけど、その前から「なんか合う」って思っていたんでしょうね。空気が。

- 井上さん
- 不思議だけど、他の人には3時間かけて説明しないとわかってもらえないことが、江國さんにはひと言で「そうそうそう!」ってわかってもらえる。
- 江國さん
- 逆もまったくそうです。
- 井上さん
- お互い物書きの家に育ったから、言葉にすごく信頼を置いているところも同じだし、だからかもしれないね。
自由になるパワーは、
年齢とともに蓄積されている。
- 井上さん
- いま64歳と61歳になったわけだけど、歳をとったからといって二人ともあまり変わっていない感じがする。
- 江國さん
- 歳をとった実感がない。61歳って誰のこと?って。
- 井上さん
- 少し前、江國さんが50代のお誕生日のときにさ……。
- 江國さん
- あの話ですね。誕生日の朝におめでとうを言ってもらうのを待つのが気恥ずかしくて、起きて下へ降りたときに夫に今日は誕生日だって自分から言おうとしたんです。そうしたら「じゃん!妻は21歳になったよ!」と無意識に言っていて、夫がギョッとなり、言った私もギョッとなり、二人で怯えた顔で見つめ合ってしまい。
- 井上さん
- (笑)。すらっと出ちゃった?
- 江國さん
- 歳をごまかそうとしたわけじゃなくて、なんか出ちゃったのよ。
- 井上さん
- うちでは「35歳説」があって、夫は私より10歳上だからいま74歳だけど、二人とも35歳から中身は変わっていないよね?みたいな感覚がある。自分から35歳だとは言わないけど。
- 江國さん
- 私だってふだんは言いません(笑)。その説にのっとれば、私は30歳。30歳で結婚して、もし子どもが生まれていたら小学生とか中学生とかの子どもの区切りがあったと思うけど、区切りが一切なく仕事もずっと同じだから、そこから何も変わっていない、というのが私の場合は30歳かな。
- 井上さん
- それかな。35歳からは少しズレるけど、私も36か37で夫と会って、小説がそこからまた書けるようになって人生が自分で動かせるようになったのがだいたいその頃で、そこから変わっていない。それまでは人が動かす人生に乗っていたみたいなところがあってさ。だからきっと60歳になっても……あ、私もう60歳になってる。
- 江國さん
- ほら!そういうことなのよ。無意識に言っちゃうのよ。
- 井上さん
- 言っちゃいましたね、まさにいま(笑)。だから、実年齢はたぶんあまり意識していないんだと思う。
- 江國さん
- 私も意識してないけど、でも「意識していない」は「意識している」と極めて似ているというか。本当に自分が何歳かわからないわけじゃないから、ヘンなところでその意識が過剰に出たりする。
- 井上さん
- たとえば?
- 江國さん
- 知らない人と喋っているときに、うちの母みたいな口調になったり。荒野さんには「びっくりしちゃってさあ」って言うのに「あっらー、いやだ、びっくり」とか。よそゆきにしようとすると「私はもういい歳ですから」という態度を取って、おばあさんっぽくなるのかも。あとは、着るものは悩みます。いいのか?60歳を過ぎてこんな恰好していて、とか。
- 井上さん
- ホント?そんなこと思うの?
- 江國さん
- ふだんはいいの。たとえば文学賞の選考委員として授賞式に行くとか。
- 井上さん
- ああ、それはそうだね。もちろんTPOはあるけど、私は60代にはこれは派手だとか、50代でミニスカートをはくのはおかしいとかいうのが嫌いで、着たいものは何でも着ればいいと思っているけど、でも歳を取って若いときと同じ恰好をしていると、好きなものを着ているように見えないんだよね。お金がない人みたいな(笑)。
- 江國さん
- もしくは頑張っている人に見えるとか。私もすごく気に入っているミニスカートがあるのに、「頑張ってるな、この人」と思われるのがイヤだと思うとなかなか。
- 井上さん
- でもね、「これが正しい」っていう最大公約数的なものがあるじゃない。そこに従おうとするのはいちばんイヤだと思う。頑張りたければ頑張ればいいし、見た目はどうでもいいからあとは好きなことだけして生きるでもいい。毎日本だけ読んで生きるとか、毎日刺繍だけして生きるとか。
- 江國さん
- それも素敵だしね。
- 井上さん
- 自由ってある種のパワーが必要で、好きなものを着たいとか、やりたいことがあるとか、そういうパワーって年齢とともに蓄積されていると思うのよ。だって私たち、あの座談会のときよりもぜんぜん自由じゃない?
- 江國さん
- もちろん!
- 井上さん
- でしょ?自由になる経験を積んできて、その経験がパワーになっていると思うんだよね。

- 江國さん
- 照子と瑠衣の二人も70歳で自由を選ぶわけだけれど、荒野さんが照子に「1ミリも後悔してないわ」って2回か3回言わせているところがカッコいいと思い。自由になったとしても、100%晴れ晴れということはなくて、諦めや何かが糸一本くらいは絶対にある。それでも後悔しないと言い切れる。あるいは言うことに決める。
- 井上さん
- そう、決めるってことなんだよ。
- 江國さん
- あとは自由にやる。人の目はもうどうでもいいことにする。
- 井上さん
- 私の知っている人の中でいちばん自由な人というと、やっぱり寂聴さんなんだよね。あれこそ本当に「後悔なんか1ミリもないわ」って感じじゃない?
- 江國さん
- たしかにね。
- 井上さん
- 奥さんのいる人とあれだけあれこれやってさ、それで「歴代の恋人の中で誰がいちばん素敵でしたか?」って聞いたら「みぃーんなつまんない人だった」って。おいおいおいおい!(笑)。でもそれはさ、カッコいいでしょ?
- 江國さん
- うん、カッコいいよ。絶対にそうじゃないことが山のようにあるのに、みんなたいしたことなかったわって。
- 井上さん
- そう言えちゃう意志と自信だね。そして、それはどんな人にも持てると思う。でも、人の目をおそれて何にでも最大公約数のルールに従って生きていたら、60歳でもラクにはならない。逆に大変になっていく。

- 江國さん
- 意志は絶対に必要だね。引き受ける意志というか。私、昔のエッセイの中で「黄色は大人の色だと思う」と書いていてね、若い頃はみごとに黄色が似合わなくて、「迫力が足りないのだ。迫力や意志や、肌に刻まれる強引さが」って。で、ほら、60歳で黄色が本当に似合っちゃって(笑)。
- 井上さん
- (笑)。そうだ、私、ついに運転免許をとることにしたよ。いま、いつも心の中にどす黒い不安があって、何だろうこの不安は?と思うと教習所のことなの(笑)。でも4年前から山で暮すようになって、夫の運転がないと最寄りの駅にも病院にも行けないから。
- 江國さん
- すごくカッコいい。照子と瑠衣にじゃんじゃん近づいている。
- 井上さん
- もう60代だから、免許が取れたとしても運転できるのは5年かもしれないよ?でも、5年でもしないより運転したほうがいいじゃない?だって残り時間なんて何もしなくてもどんどん少なくなっていくんだから。
- 江國さん
- その通り!
- 井上さん
- 今日できることはやっぱり今日やっておいた方がいい。まあ仕事は別だけどね。
- 江國さん
- まあね(笑)。
井上作品に登場する
「やりたい放題老女」たち。
若くはないわ。若くはないけど、
新しい歌を知ることはまだ
できるんだわ。――『静子の日常』


『照子と瑠衣』(祥伝社)は映画『テルマ&ルイーズ』の
オマージュ作。70歳の照子&瑠衣コンビのキュートな悪事が爽快。

『静子の日常』(中公文庫)は、世の「ばかげたこと」に
静かに抵抗し、暗躍するあなどれない75歳の静子さんが主人公。
江國作品に登場する
「変わりたくない老女」たち。
上出来だと知佐子は思う。
あたしの人生は上出来だったと。
――『ひとりでカラカサさしていく』


『ひとりでカラカサさしてゆく』(新潮文庫)の知佐子は、
編集者時代の80代の旧友2人とともに大晦日の晩、猟銃で命を絶つ。

『川のある街』(朝日新聞出版)に収められた3篇めでは、
認知症が進行する中、異国で暮す芙美子のゆらぎが描かれる。