ガザ特集

国連の独立調査委員会は9月16日、
イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への攻撃を
「ジェノサイド(大量虐殺)」と認定しました。
戦闘は2023年10月に始まり、およそ2年間で空爆、地上侵攻、物資搬入制限により
6万5000人を超えるガザの人たちが殺害されました。
子どもの死者数は、1万8430人に上ります(※)。
この不条理な戦闘を一刻も早く終わらせるため、
私たちにできることはあるのでしょうか?
ガザ地区で医療支援をした本川才希子さん(下写真・右)。
情報を発信し寄附金を集める坂本美雨さん(下写真・左)。
お二人と一緒に考えてくださいませんか。
※9月24日、国連人道問題調整事務所発表。
対談は9月4日、国境なき医師団日本の事務所で行なった。

撮影/前康輔 題字/上條雅峰
写真提供/©MSF、©Nour Alsaqqa/MSF

写真

●坂本美雨/さかもと・みう
1997年に歌手デビュー。音楽活動に加え、執筆、ナレーション、演劇など幅広く活躍する。ガザ地区への思いを込めたアルバムを年内に発売予定。

●本川才希子/もとかわ・さきこ
国境なき医師団の手術室看護師マネージャー。ガザ地区では、熱傷や外傷に対応する病棟で、約150人の現地スタッフの責任者を務めた。

目次

現地報告対談

ガザの人たちは「普通に生きたい」だけ。
その願いを現実にするために多くの人に声を上げてほしい。

坂本
(本川)才希子さんは2024年7月から8月までと、11月から25年1月までの計2回、ガザに入って医療支援の活動をされました。今日はお聞きしたいことがたくさんあるんですが、まず、現地はどんな様子でしたか。
本川
私が活動していたのは、ガザ南部の総合病院・ナセル病院でした。街全体がひどく破壊されていて、自宅に住めている人を探す方が難しい状況でした。昨年の冬で190万人、ガザの人口のおよそ9割が避難生活を送っているといわれていましたが、おそらく今はもっと増えているでしょう。
坂本
病院が空爆で破壊されて医療が崩壊しているともいわれます。
本川
もともとガザには、ガザ保健省が運営する総合病院と民間の病院が合わせて36病院、ほか小さな診療所がいくつかありました。でも、私が入った24年7月時点で、半数以下になっていました。イスラエル軍には「ここに病院があるから空爆のターゲットにはしないで」と伝えているのですが、地域医療の基幹を担う総合病院にも構わず爆弾が落とされる状況が続いています。
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坂本
病院を攻撃するなんて……、信じられない状況です。才希子さんが働いていた病院にも、爆撃で怪我をした子どもたちが運ばれていましたか。
本川
はい。私がいたチームは外傷や熱傷を負った患者さんを担当していたのですが、ほとんどが空爆による外傷。うち3割くらいは幼い子どもでした。
一緒に病棟で働く看護師たちの家族が何人も入院していて、ある同僚の姪御さんは、まだ2歳にもかかわらず両足を切断せざるを得ない状況でした。その母親である同僚の妹さんも、両手を複雑骨折していた。子どもの世話などできる状態ではなく、旦那さんがつきっきりで2人の世話をしていました。
坂本
なんとか助かったけれど、家族全員が亡くなって唯一の生き残りだったという子どもの話をたくさん聞きます。身体だけでなく子どもたちのメンタルも心配です。
本川
傷は治っても、精神的なトラウマに苦しむ子どもたちはとても多かったです。外傷を受けると大人も子どもも表情がなくなり、飲み物も食べ物も受け付けなくなることがほとんどです。治療経過が良いと少しずつ元気が出ますが、長く苦しむ子がたくさんいます。
食べられない期間が長く続くとやせ細ってしまいます。そんな状態では本来ならすぐに治るけがも治りません。生き抜くための力がなくなってしまっているんです。「もはや、医療だけではどうにもできない。自分たちができることはなんて限られているんだろう」と、何度も壁にぶち当たりました。

国境なき医師団のガザ地区での活動

ガザ南部のナセル病院の外観。 イメージ

ガザ南部のナセル病院の外観。

25年8月には多くの患者が屋外や廊下にも横たわっていた。 イメージ

25年8月には多くの患者が屋外や廊下にも横たわっていた。

給水トラックで水を提供する。清潔な水が足りず、感染症が流行している。 イメージ

給水トラックで水を提供する。清潔な水が足りず、感染症が流行している。

本川さん(左)と患者たち。同僚の妹(中央左)は両手を複雑骨折し、彼女の2歳の娘(中央)は両足を切断した。 イメージ

本川さん(左)と患者たち。同僚の妹(中央左)は両手を複雑骨折し、彼女の2歳の娘(中央)は両足を切断した。

25年6月、ガザ北部の診療所。妊娠8ヵ月の母親と1歳の男の子はともに栄養失調に陥っていた。 イメージ

25年6月、ガザ北部の診療所。妊娠8ヵ月の母親と1歳の男の子はともに栄養失調に陥っていた。

金属製の医療用ワゴンが武器になり得ると判断されガザに入れてもらえない。

坂本
栄養失調で亡くなった子どもたちのニュースを見ると、ほんとうに言葉にならない……。
本川
栄養状態を計測するバンドがあって、病院に運ばれてきた子どもの二の腕に巻くんです。腕周りの長さが11・5センチ未満だと「重度の栄養失調」ですが、大人が指で輪っかを作ったくらいの太さしかないんです。
坂本
ほとんど骨だけのような状態ということですね。
本川
そうです。冬に行ったときには、夏の時点よりも明らかに子どもたちの栄養状態が悪くなっていると感じました。国境なき医師団の調査では、5歳未満の子どもと妊娠中・授乳中の女性のうち、4人に1人が栄養失調というデータも出ています。
坂本
調査を受けた人たちも「病院や診療所まで来られた人たち」ですから、本当はそこにもたどり着けないような人たちがいるのかもしれません。食べ物以外のもの、たとえば医療物資や薬は手に入りましたか?
本川
私がいたときも、ガーゼや手袋、手術器具などの大量に使うものは足りませんでした。そんなときは、現地で活動している他のNGOや国連機関と連絡を取って、不足しているものを互いに分け合っていました。
坂本
現地で活動しているお医者さんのSNSなどを見ていると、「麻酔なしで切断手術をせざるを得なかった」「物資が足りなくて患者を救えなかった」などと書いてあることがよくあります。才希子さんがいたときより状況が悪化しているのでしょうか。
本川
病院によって状況は違います。規模の小さな病院の場合、かなり物資が不足している可能性はあります。
また、支援物資はすべてイスラエル軍の検問所で箱を開けてチェックされています。「武器になりそうなもの」と判断されると、中に入れてもらえませんでした。一番驚いたのは、看護師が薬や食べ物を運ぶのに使う「ワゴン」が入ってこなかったこと。
坂本
ワゴンですか?
本川
金属製なので「武器に転用できる」と判断されたのかもしれません。物資供給を担当するスタッフが頑張って交渉してくれたのですが最後までイスラエルの許可は下りず、32台の医療用ワゴンはガザに入ってきませんでした。薬の一部も軍事転用の可能性があるとの理由で入らないことがあります。
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ともに働いたスタッフたち。国境なき医師団の現地スタッフの12人が殺された。 イメージ

ともに働いたスタッフたち。国境なき医師団の現地スタッフの12人が殺された。

ガザ地区の様子

事務所で飼っていた猫。皆の癒しだった。 イメージ

事務所で飼っていた猫。皆の癒しだった。

破壊された建物の壁に絵が描かれている。 イメージ

破壊された建物の壁に絵が描かれている。

病棟にピエロが来て、子どもたちを元気づけることも。 イメージ

病棟にピエロが来て、子どもたちを元気づけることも。

急に涙があふれたり、ドアを閉める音が銃声に聞こえたりする症状がいくつも出ました。

坂本
才希子さんの気持ちの面も聞きたいと思うんです。あまりにも理不尽なことが起こっている中で、どう心を整理されてこられたのでしょう。
本川
ガザでの活動では、私自身の精神面の問題もとても大きかったです。
ガザに入った最初の日に、一緒に働く現地の看護師に何気なく「How is your family?(あなたの家族は元気?)」と聞いてしまったんです。これまで派遣された現場ではごく普通の問いかけだったのですが、言った瞬間、相手の顔が固まりました。そしてしばらくして、「実は……イスラエル軍の攻撃があって、家族みんなで逃げたんだけど足の悪いおばあちゃん、それを助けに戻ったおじいちゃんとおじさんの3人が殺されてしまったんだ」と言うんです。
ほかにも、目の前で同僚が撃たれたとか、怪我した仲間の身体を抱えて空爆がやむのを待ったけれど救えなかったとか、スタッフの誰もがそういう経験をしていました。これまでも多くの紛争地へ派遣され働いてきましたが、スタッフやその家族が傷つけられているといった極限の状況は初めてでした。そういう人たちが、病院で人を救う仕事をしていることに衝撃を受けて、少し頭の中が混乱してしまいました。
坂本
これまでも大変な場所で活動されてきたと思いますが、そんな才希子さんでもそうなってしまうのですね。
本川
気を張って仕事をしているときは大丈夫なのですが、ふとしたときに涙が止まらなくなりました。活動を終えて、ガザからヨルダンに出た後も、車のドアをバンッと閉める音が銃撃の音に聞こえたり、白い布にくるまれた赤ちゃんを抱っこしている父親を見かけただけで「ああ、子どもが亡くなったんだ」と錯覚したり、強いストレス環境下で生活した後の症状がいくつも出ました。
坂本
そんな経験をしながら、再びガザで活動しようと思われたことがすごいと思いました。
本川
人道支援に関わる人たちの間では「ガザに一度行くと、絶対にまた行きたくなる」とよく言われるんです。それだけ魅力的な人たちがたくさんいるということだと思います。
ニュースやSNSでガザの様子を見ていると怒りや悲しみばかりが湧いてきますが、現地での生活はそれだけでもありません。朝、子どもたちの笑い声で目覚めたり、みんなでカードゲームをして遊んだりといった幸せな瞬間が、いくつもありました。
坂本
私もSNSでフォローしている人が子どもたちに音楽を教えている楽しそうな光景を見て、ちょっとほっとすることがあります。動物を大事にしている人も多いですよね。犬や猫もすごく可愛くて。
本川
めちゃくちゃ可愛い子たちがたくさんいます。実はガザでは電力が不足していて処理ができず、街中にゴミが山積みになっているんです。そうするとネズミが大量に発生して、病院の建物に入ってくることがあったんですが、屋外にある仮設病院に猫が出入りしてネズミを捕まえてくれていました。
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ガザの人たちからは、「世界から無視されている」という思いが伝わってきた。

本川
2024年の春に坂本さんが立ち上げた「アーティストによるガザ人道支援オークション」は、とても心強く感じました。この問題に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。
坂本
もともとガザについて詳しくはありませんでしたが、23年10月のイスラエルによる侵攻を機に調べていくと、これはハマスへの「報復」をはるかに超えた一方的な虐殺だということや、パレスチナへの暴力が80年近く続いてきたことが分かりました。人としてこんな虐殺が許されていいはずがない、これを許す世界で子どもを育てていきたくない、と思いました。声を上げないのは許すことと同じだと思い、SNSでガザの状況についての発信を始めたんです。
そうしたら「日本のアーティストがガザの情報を発信している」ことが珍しかったのか、現地の人たちからメッセージをもらうようになりました。ガザの人たちにとっても、スマホが重要な連絡手段になっているんですね。
ガザへの寄附金を集めるため、坂本さんが発案したネットオークション企画。 イメージ

ガザへの寄附金を集めるため、坂本さんが発案したネットオークション企画。
安藤サクラさんや村上春樹さんなど多くの著名人が賛同・出品し、これまで1千万円以上の寄附を行なった。

本川
デジタルネイティブ世代の若い人たちはみんなSNSをやっていて、「スマホ・命」です。
坂本
引き戻してくれるのは、個人的につながっている一人ひとりの顔なんです。
本川
「何万人が亡くなった」と報道されるけれど、そこにいるのは一人の人間で「数」ではないんですよね。
坂本
私がやりとりしているガザの人たちからは、「世界から無視されている」という思いがひしひしと伝わりました。だから、自分の活動を通して「そうじゃない」と伝えたかった。
もう一つ、日本で発信力のある人たちにこの問題を知ってもらい、広めてほしいという思いもありました。日本では著名人が政治的なことを発信すると「何も知らないくせに」とうがった目で見られます。でも、これは明らかなジェノサイドです。「子どもを殺すな」という極めて“当たり前のこと”を言っちゃいけないわけがない。
本川
おっしゃるとおりです。ガザの病院でたくさんの子どもたちが亡くなっていくのを見たときに、これはイスラエル政府やハマスの責任という以前に、それを許してしまっている私たち大人の責任だと強く感じました。
坂本
父(編集部注:音楽家の坂本龍一さん)は、批判を受けながらもさまざまな社会的なメッセージを発信していました。そこにあったのは「知ってしまったら、無視できない」という素直な思いだったと思います。私もそれに倣って「何かしたい」という思いには素直に従おうと思っています。
あとは、寄附以外の「お金の使い方」についてもよく考えたいと思っています。かつて南アフリカのアパルトヘイトが廃止されたときにも、世界的なボイコットが大きな効果を上げました。同じように、イスラエル政府につながる企業にお金は落とさない。微々たるものではあっても買い物は「投資」だから、自分が一生懸命働いて稼いだお金をどこにどう使うかは常に意識していたいと思います。もちろん、イスラエルから武器を買おうとする日本政府には、「そんなお金の使い方をしないで」と声を上げることも大事です。
本川
物事が大きく動くときには、必ず多くの人が声を上げています。逆を言えば、声が上がらなければ何も変わらない。ガザの人たちが口にしていたのは「もう十分だ、終わりにしてほしい」ということ。この苦しさから解き放ってほしい。そんな思いで「ただ普通に生きたい」と言っていると感じました。その願いを現実のものにするためにも、一人ひとりがいろんな形で声を上げてほしいと願っています。

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