戦後77年間守り続けてきた「専守防衛」の国是を
本当に捨てるつもりですか?

私は敵基地攻撃能力の
保有に反対です。

女性識者12人の声

自分が攻められない限り攻撃しない──戦後日本の国是「専守防衛」を岸田内閣は捨てる決定をしました。その選択がいかに間違ったことなのか、12人の女性識者に寄稿していただきました。(掲載は五十音順)

上野千鶴子さん

上原公子さん

落合恵子さん

加藤陽子さん

斎藤美奈子さん

澤地久枝さん

田中優子さん

中島京子さん

浜矩子さん

三上智恵さん

安田菜津紀さん

山本章子さん

私はこう考える

上野千鶴子さん

社会学者、東京大学名誉教授

憲法は完全に空洞化され、いまや戦争をするための憲法改正すら必要ありません。

 この国を亡霊が徘徊している。アベシンゾーという名の亡霊が。後継政権だった菅政権が短期間で終わった後、ギアチェンジをしたはずの岸田政権は、「決められない政権」と言われながら、安倍国葬は迅速果断に実行した。そしてあのアベでさえ言わなかった防衛費2倍、増税してまでのGDP比2%への増加だ。そのなかには「敵基地攻撃能力」という名の先制攻撃まで含まれている。
 わたしたちは2015年の夏を忘れていない。国会を10万人の市民が取り囲んだなかを、「安全保障関連法案」という名の戦争法案が通過した。その前年には、「集団的自衛権行使」を可能とする閣議決定で、解釈改憲が行われてしまった。
 自衛隊はすでに30年間に55回にわたって海外派兵をしている。民間商船の航行の安全を名目に、ジブチ共和国には恒久の自衛隊基地もある。憲法は完全に空洞化され、いまや日本を「戦争のできる国」にするためには、憲法改正すら必要なくなった。憲法改正を悲願としたアベシンゾーの亡霊は、成仏するだろうか?


うえの・ちづこ●1948年、富山県生まれ。専門は女性学・ジェンダー研究。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長。著書に『最期まで在宅おひとりさまで機嫌よく』(中央公論新社)など。

上原公子さん

元国立市長

こちらが武器を増やせばあちらも増やし、いたちごっこになるだけです。

 日本が「米国の盾」になるために岸田首相は5年間で国防費を倍増させると言うが、その原資はもちろん我々の血税。加えて介護保険利用料の値上げや健康保険の負担増など、「金のかかる年寄りや弱い者は早く死ね」と言わんばかりの絞り取り様だ。
 一方で岸田政権は「異次元の少子化対策」を掲げているが、保育士の勤務の過酷さなど現場が抱える深刻な問題は置き去りのまま。庶民の暮しの現実を無視した「富国強兵」「産めよ増やせよ」の過去の号令が聞こえてきそうだ。
 こちらが武器を増やせばあちらも増やし、いたちごっこになるだけ。そしてロシアのウクライナ侵攻を見ても明らかなことは、武器を増やせばその数だけ軍人だけでなく市民の骸が累々と重なる。
「過去に眼を閉ざす者は現在にも盲目となり、未来にも同じ過ちを犯すだろう」
 ドイツのヴァイツゼッカー元大統領の敗戦40年目の演説である。
 4月の統一地方選挙では、過去に学ばない政権に対して国民がNOを突きつけ、民主主義を取り戻さなければならない。


うえはら・ひろこ●1949年、宮崎県生まれ。国立市議会議員を経て99年に国立市長選挙に立候補し、東京都初の女性首長として当選。2期8年間務める。著書に『しなやかな闘い』(樹心社)など。

撮影/神ノ川智早

落合恵子さん

作家
撮影/神ノ川智早

戦争をとめるためなら、「愛国心のない危険人物だ」と私は喜んで呼ばれよう。

「HANDS OFF.IT’S MY PROPERTY.(その手をどけろ。これ<わたしの身体>はわたしの財産だ)」
 30年以上も前だったか、全米の自動車会社の組合で働く女たちが胸にこの言葉を記したステッカーをはって出勤した。セクシュアル・ハラスメントをはじめとして、性暴力に対する拒否の意思表示だ。
 国会審議もなく、閣議決定だけで戦争ができる国へと急シフトをする政権に「その手をどけろ」とわたしは主張する。このいのちは、私の財産だ、と。
 ヒトラー政権で2番手と言われたヘルマン・ゲーリングは戦後、米軍の心理分析官に国民を戦争に参加させることはとても簡単だとうそぶいた。
「……国民はいつだって支配者の意のままだ。自分たちが外国から攻撃されていると言うだけでいい。平和を唱える者に対しては、彼らは愛国心が欠如した危険な人物だと非難すればいい」
 民意はこうして「つくられて」きて、今もつくられつつある。
 戦争をとめるためなら、「愛国心のない危険人物だ」と、私は喜んで呼ばれよう。


おちあい・けいこ●1945年、栃木県生まれ。執筆と並行して子どもの本の専門店「クレヨンハウス」を東京と大阪で主宰。著書に『泣きかたをわすれていた』『わたしたち』(共に河出書房新社)など。

加藤陽子さん

東京大学大学院教授

首相や外相などたった4人の判断に国民の存亡が委ねられてよいはずがありません。

 今を生きる人々に、昭和戦前期にあった大本営連絡会議 (連絡会議)の構成員が誰か聞いても知る人はいないだろう。だが昨年12月、国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画の3文書が決定された場として、閣議のほかにもう一つ名が上がった会議、国家安全保障会議(NSC)の構成員を知らないのはかなりマズい。
 戦前の連絡会議で、陸海軍軍務局長ら軍人が専横を極めたことで、国民は存亡の危機に立たされた。ところが今回のNSCでは、首相・外相・防衛相・内閣官房長官、たった4人の判断で、1976年以降改訂されてきた防衛計画の大綱が完全に書き変えられてしまうこととなった。
 予算と法律の審議によって、国会での入念な議論と国民の叡智を結集する機会を設けることもなく、NSCの大臣会合を支える極めて少数の安全保障担当者の限定的な判断力と恣意的な判断によって、国家と国民の将来の存亡が委ねられてしまってよいはずはない。
 国民は政治に向き合おう。まだ間に合う。


かとう・ようこ●1960年、埼玉県生まれ。専門は日本近代史。著書に『学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か』(共著、岩波新書)、『この国のかたちを見つめ直す』(毎日新聞出版)など。

斎藤美奈子さん

文芸評論家

「敵基地攻撃能力は抑止力」と政府は言っているけど、なわけないでしょう。

 安倍政権下での「集団的自衛権の行使容認」もそう(2014年7月)。岸田政権下での「敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有」もそう(2022年12月)。安全保障政策の大転換が閣議決定だけで強行されたのは本当に噴飯ものだ。
 専守防衛の原則を踏みにじりつつ、これらはすでに実戦の場でも適用されはじめている。防衛省は組織や部隊の強化を図っており、自衛隊は米英豪印各軍との共同訓練をスタートさせている。そして防衛省のウェブサイトには次のような文言が。
<南西地域に自衛隊の活動・訓練拠点を整備 南西諸島は南北に長大ですが、自衛隊の施設は限定されており、自衛隊の活動・訓練拠点の「空白地域」です。緊急時の活動拠点、平素の訓練拠点が必要です>
 台湾有事を想定した、南西諸島の軍事基地化。「敵基地攻撃能力は抑止力」と政府はいっているけど、なわけないでしょ。それは事実上の先制攻撃。台湾有事って米中戦争のことですからね。こんなの絶対許しちゃダメです。


さいとう・みなこ●1956年、新潟県生まれ。児童書の編集者を経て94年、『妊娠小説』で文芸評論家としてデビュー。著書に『挑発する少女小説』(河出書房新社)、『忖度しません』(筑摩書房)など。

写真提供/共同通信社

澤地久枝さん

ノンフィクション作家
写真提供/共同通信社

人々の生活が切り捨てられ、「77年間戦死ゼロ」の暦が変わろうとしています。

 私は、怒っている。
 沖縄の離島に与那国島がある。そこにクブラバリという幅が3~5mある岩の裂け目の名所がある。かつて、妊(みごも)った女はこの裂け目を跳ばなければならなかったという(※1)。屈強な男でも、容易には跳べそうにない大地であり、跳びこえても、その先には切り立った断崖と荒い海がある。跳んで生きのびて子を産んだ女は、きわめて限られた。小さな島はそうやって生きのびてきたのだ。
 防衛省はこの島にミサイル基地をつくり、演習をやり、威嚇的な車輛が公道を疾駆した。「敵基地攻撃能力」などと言っても、現実には、人びとが生活を切り捨てられ始めた。「77年間戦死ゼロ」(※2)の暦がまさに変わろうとしている。
 晴れた日には、この島から台湾が見える。すでにはじまったのだ。悪法のはじまりは、「閣議決定」であった。無人の野をゆくようなものだ。短期に4人の閣僚が辞任する事態にあって、日本の政治は、狂っている。私は異議を唱える。

(※1)薩摩藩から重税を課された琉球王府は、配下の離島に「人頭税」(人の数に応じた税)を課した。これに苦しんだ与那国の人々は、「人口調整」のためにクブラバリの岩の裂け目を妊婦に跳ばさせた。
(※2)戦場での兵士の死者数を指す。


さわち・ひさえ●1930年、東京都生まれ。終戦後、旧満州より引き揚げる。『記録 ミッドウェー海戦』(文藝春秋)などの功績により菊池寛賞受賞。戦争の真実に迫る数多くのノンフィクションを発表する。

田中優子さん

江戸文化研究者、法政大学名誉教授・前総長

この武装に賛成するなら、日本はウクライナ以上に悲惨な体験をします。

 日本が敵基地攻撃能力の保持を表明したことで、中国はそれを上回る攻撃能力の準備を開始したことでしょう。軍事力の急激な増強は戦争の開始を意味するのです。想定された「敵」はより大きな武装をし、互いに様子を見ながら武装をエスカレートさせていきます。そうなると核抑止力はもはや効力を持ちません。
 恐ろしいことに、日本は武力以外の準備をしていません。食料自給率を上げることもせず、国民の避難の方法も考えず、攻撃された場合の医療体制も整えず、最も悲惨な結果につながる原発への攻撃可能性に至っては、防御と停止を考えるどころか再稼働と新設を言い始めました。
 この武装に賛成するならば、日本はウクライナ以上に悲惨な体験をします。アメリカ軍は兵士も武器も送りません。すでに武器を大量に購入しているので、「自分で何とかしろ」と言うだけでしょう。私たちの選択肢は「全力で外交努力をすることで戦争を回避する」以外に無いのです。「戦争反対!」の声をあげるべき時に来てしまいました。


たなか・ゆうこ●1952年、神奈川県生まれ。専門は日本近世文化・アジア比較文化。著書に『遊廓と日本人』(講談社現代新書)、『江戸の想像力』(ちくま学芸文庫)、『日本問答』(共著、岩波新書)など。

中島京子さん

作家

食料自給率の低い日本では、戦争で物流が止まれば多くが飢え死にします。

 日本の食料自給率は38%と非常に低く、基本、輸入に頼っている。戦争が起こって、物流が止まれば、食べるものがなくなる。敵のミサイルなんかなくても、多くが飢え死にする。
 戦争に備えよというならば、まず食料自給率を上げなければならない。それから、沿岸部にずらりと並んだ原発をぜんぶ止めて廃炉にしなければならない。原発にミサイルを撃ち込まれたら、日本列島はおしまいだ。政府はそういうことをなんにも言わない。食料自給率を上げ、原発を廃炉にするのに何十年かかるか。少なくともその間は、日本は戦争なんかできない。ぜったいにしてはならない。飢えと被爆死を招き寄せるわけにはいかない。
 米中に自重を促し、東アジアの国々と連携して平和を構築する以外に、日本に未来はない。前世紀の遺物であるトマホークなんか高い金で買わされて、敵基地攻撃ができれば国が守れると思ってるなんて、それこそ頭の中が「お花畑」としか言いようがない。


なかじま・きょうこ●1964年、東京都生まれ。2010年『小さいおうち』(文春文庫)で直木賞受賞。他に『かたづの!』(集英社文庫)、『長いお別れ』(文春文庫)、『やさしい猫』(中央公論新社)など。

写真提供/共同通信社

浜矩子さん

エコノミスト、同志社大学大学院教授
写真提供/共同通信社

敵基地攻撃能力のために、増税や国債発行でカネを費やす余裕は微塵もありません。

 敵基地攻撃能力の保持に反対する。これを経済の観点から書くようにとご指示頂いた。
 まず確認しておかなければならないのが、経済活動は人間の営みだということだ。したがって、経済活動は人間を幸せに出来なければいけない。多少とも平和を脅かす行為は、経済活動が人々を不幸にする状態に向かって、門戸を押し広げる。つまり、敵基地攻撃能力を持つという方向に進めば、経済活動からその本来の使命を奪うことにつながる。経済活動が経済活動であるためには、軍備増強は決して容認されないのである。
 しかもその上、今の日本には国の財政が取り組むべき喫緊の経済課題が多々ある。弱者救済のために、所得再分配機能を強化しなければならない。増税や国債発行をもって、カネを敵基地攻撃能力入手のために費やす余裕など、微塵もない。経済活動の本質からみても、今日の日本の財政事情からみても、これは暴挙だというほかはない。


はま・のりこ●1952年、東京都生まれ。三菱総合研究所を経て2002年、同志社大学大学院ビジネス研究科教授に就任。著書に『人が働くのはお金のためか』(青春出版社)、『愛の讃歌としての経済』(かもがわ出版)など。

三上智恵さん

映画監督

敵基地攻撃兵器の配備を一手に担う沖縄は、集中攻撃される島になります。

 今回日本が持つ敵基地攻撃能力とは、具体的には今年度2000億円超の予算が決まり400発もアメリカから買う巡航ミサイルのトマホーク、そして自衛隊の「12式地対艦ミサイル」の飛距離を伸ばしたもの。後者はすでに沖縄や奄美に配備されているし、トマホークの設置先から沖縄の自衛隊基地が除外されるはずもない。いずれも中国の主要都市を射程に入れるミサイルだから、敵基地攻撃を一手に担う沖縄は集中攻撃される島になってしまう。
 反撃力を持つことは抑止力か? それとも戦争を呼び込むものか? という論争は、安保関連三文書の閣議決定で新たなフェーズに入った。その「抑止力」は少なくとも南西諸島を主な発射台とし、標的に差し出す前提で成立する「抑止力」だということ。その証拠に各島々では自衛隊司令部の地下化、空港・港の軍事拡張、シェルター建設に続々と予算がついて、さながら戦前だ。
 沖縄戦再来を黙殺する「抑止力」を本気で求めるつもりかと問いたい。


みかみ・ちえ●1964年、東京都生まれ。沖縄在住。琉球朝日放送を経て、フリーの映像作家として「沖縄と戦争」をテーマに作品を発表する。2020年、『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)で城山三郎賞を受賞する。

©Dialogue for People

安田菜津紀さん

認定NPO法人「Dialogue for People」副代表、フォトジャーナリスト
©Dialogue for People

「攻撃をしない国」としての信頼を、政府は自らの手で粉々に砕こうとしています。

「戦争がはじまると、僕たちはチェスの駒だ。チェスは駒ばかりが傷ついて、駒を動かす人は決して傷つかない」。イラク戦争に翻弄されてきた青年が、こう語ってくれたことがあります。彼も、私も、どんな命も、「チェスの駒」ではありません。だからこそもっと、血の通った「人間の話」をしていかなければなりません。
 一方、日本に対して「どこも攻撃をしない国」「戦争から復興を遂げた平和な国」として信頼を寄せる声にも取材を通して触れてきました。積み上げてきたこの信頼を、政府は自らの手で粉々に砕こうとしています。
 武力による恫喝や暴力に頼らず、対話を投げ出さないよう、最後まで知恵を絞るのが本来、政治の役割でしょう。けれども社会が沈黙し、思考停止に陥れば、権力は真逆の方向に突き進もうとします。違和感や怒りを押し込めるのではなく、おかしいことには「おかしい」と伝える――そんな市民からの声が、最大の歯止めになるはずです。


やすだ・なつき●認定NPO法人Dialogue for People フォトジャーナリスト。同団体の副代表。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。

山本章子さん

琉球大学人文社会学部准教授

ロシア、北朝鮮、中国に囲まれている日本こそ自制的な安全保障政策をとるべきです。

 反撃能力とは何か。岸田文雄首相は「相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力」と説明するが、核兵器を持ち、日米両国よりも国家にとって国民の命の価値が軽い北朝鮮や中国に対し、相手より劣る通常ミサイル能力を持っても抑止にはならない。
 そもそも日本がミサイルで攻撃されるとすれば、第一の標的は韓国や台湾への出撃拠点となる全国の在日米軍基地、その次が米軍と共同使用される自衛隊基地だ。つまり、岸田政権のいう反撃能力の本質は、第一撃を受けた在日米軍が反撃する際に敵の第二撃を妨げることにある。米軍の損害を軽減し、敵への反撃を確実にする効果はあるが、日本に住む人々の命を守るどころか米朝、米中のミサイルの撃ち合いに巻き込まれることになる。
 ウクライナがロシア領土を攻撃しないのは、ロシアが核攻撃などを正当化する口実を与えないためである。自国に軍事力で勝るロシア、北朝鮮、中国に囲まれている日本こそ自制的な安全保障政策をとる必要がある。


やまもと・あきこ●1979年、北海道生まれ。2018年に琉球大学着任、2020年より現職。専門は外交史。『日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年』(中公新書)で石橋湛山賞を受賞する。