特集 70代からの防災力の鍛え方。作家 吉永みち子さん 看護師・防災士 田原ひとみさん

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田原ひとみさん

たはら・ひとみ● 1967年大阪府生まれ、看護師として勤務。1995年、妊娠中に阪神・淡路大震災で被災した経験から、防災士として被災地支援や防災アドバイザーとして防災に関する活動を続けている。

吉永みち子さん

よしなが・みちこ● 1950年埼玉県生まれ。競馬記者を経て、ノンフィクション作家に。1985 年に大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『気がつけば騎手の女房』(集英社)、『性同一性障害』(集英社)など著書多数。

2024年に「最大震度5弱以上」の地震が何回起きていたかご存じですか?
じつに28回です(11月27日時点、気象庁「震度データベース検索」より)。
なかでも8月8日に発生した宮崎県の日向灘地震(最大震度6強)は、
史上初の「南海トラフ地震臨時情報」が発令されるきっかけになりました。
いつどこで巨大地震におそわれてもおかしくない地震多発時代のいま、
原発も心配だけど高齢世代の地震対策も心配です。
高齢世代の防災事情にくわしい田原ひとみさん(看護師・防災士)に
吉永みち子さんがうかがいます。

あなたの防災リュックの中身、持病や体調に合っていますか。

吉永
24年の1月に起きた能登半島地震は他人事ではありませんでした。私は70代一人暮しのマンション生活者ですが、地域のコミュニティとは疎遠だし、変形性膝関節症の膝の痛みがあって、走るのは無理だし、いざ大地震が起きたらどうやって避難したらいいのか。そもそも一人きりの家の中で落ち着いて行動できるかどうか。避難されているみなさんをニュースで見るたびに、自分に置き換えて、不安ばかりが募っていました。
田原
まずは防災リュックの中をチェックしてみましょう。吉永さんの防災リュックには眼鏡や杖は入っていますか?
吉永
膝を痛めたときに使っていた折り畳み式の杖を入れてあります。予備の老眼鏡も当然入っています。
田原
ないと困りますよね。私が高齢のみなさんにいつもアドバイスするのは、持病がある人はお薬とお薬手帳。透析を受けている人には透析内容がわかる透析手帳。アレルギーのある人や治療食が必要な人には、自分用の食事を準備するようにお伝えしています。
吉永
私はまだ大丈夫ですが、入れ歯洗浄剤がなかったら、入れ歯の人は食事もできなくなりますね。
田原
おっしゃる通りです。避難生活で体力が落ちると誤嚥しやすくなりますから、飲み込みを助けるとろみ剤も入れておくといいでしょう。口内細菌も誤嚥性肺炎の一因になるので、歯磨きができないときに備えて、口腔洗浄液も必要です。
吉永
避難所ではあって当り前のものが不足するのはわかっていたつもりだけど、教えてもらうとハッとします。
田原
東京都の「東京備蓄ナビ」というウェブサイトが参考になります。たとえば、吉永さんに必要な防災の備蓄品を調べることができます。「一人暮し」「女性」「65歳以上」「集合住宅」を選択して……ペットと暮していらっしゃいますか?
吉永
いまはペットはいません。
田原
では「ペットなし」を選択して「検索ボタン」を押すと……。
  • 口腔洗浄液(630ミリリットル)
  • 携帯トイレ(35回分)
  • 歯磨き用ウェットティッシュ(70枚)
  • ポリ袋(1箱)
  • 新聞紙(適宜)
  • ウェットボディタオル(7枚)
  • カセットコンロ(1台)
  • 補聴器用電池(2個)
  • (21リットル)
  • レトルト食品(7個)
  • 缶詰(7個)

(1週間分の衛生用品・生活用品・食品から一部抜粋)

吉永
(スマホをのぞきこんで)これがいまの私が備えておくべき備蓄品ですか。分量や枚数まで教えてくれるんですね。ウェットボディタオルはリュックに入れてなかったな。
田原
大地震のあと、ライフラインの復旧が遅れると何日もお風呂に入れなくなりますから、入浴代わりになるボディタオルは必須です。私は阪神・淡路大震災に被災したときに、お風呂に入れたのは2ヵ月後でした。このリストには入っていませんが、下着が洗えないこともあるので、薄いパンティライナーを備えておくこともおすすめです。
吉永
新聞紙はどんなふうに役立ちますか。
田原
新聞紙とポリ袋は多めに準備してください。古新聞を衣服の背中に入れれば防寒に役立ちますし、鍋を新聞紙でくるめば保温調理ができてガスボンベの節約になります。細かく裂けばトイレの凝固剤にも使えます。大判のポリ袋は頭にかぶって雨除けに、また敷物や給水袋にもなります。小型のポリ袋はラップ代わりに紙皿・コップにかぶせたりビニール手袋の代用品としても使えます。
吉永
いやあ、想像力が試されます。新聞は多めにストックしておかないと。

あなたの家はいざというときに避難しやすくなっていますか。

田原
私は阪神・淡路大震災で、布団の上に家具が倒れてきた経験をしました。幸いケガをしないですみましたが、いま思い出してもゾッとします。懐中電灯はどこかへ行ってしまうし、眼鏡は割れてしまうし、夜が明けるまで本当に不安でした。
吉永
神戸の友人に教えられてから、寝室にはつねに靴を置いています。
田原
タンスの前に寝ている方は意外と多いですが、倒れたら下敷きになってしまいます。倒れてこない位置に布団を移すか、それが無理ならしっかり家具を固定してください。枕元に重いものを飾ったり吊り下げ照明の下に寝たりするのも危険です。
吉永
停電に備えて、私は寝室と各部屋に懐中電灯を置いています。
田原
懐中電灯は壁にフックをつけて紐で提げておくといいですよ。蓄光テープを巻いておけば停電でも目立ちます。「停電のときは仏壇のろうそくを使う」とおっしゃる方がいますが、これは危ない。余震が続いていると火事のもとになりかねませんから、絶対に使わないでください。
吉永
先祖の写真や賞状、絵や壺などを高い場所に飾っているお宅も多いですよね。防災を考えたら、何も飾れなくなってしまいませんか。
田原
「玄関までの避難ルートと窓辺には重量物や割れ物は置かない」……これを徹底してください。地震で大きく揺れると、ものは横に向かって飛んでくるので非常に危険です。
吉永
神戸の友人は震災で陶器が全部割れたと言ってました。
田原
わが家でも、棚が2メートルも動いて、割れた食器やガラス、調味料で床がぐちゃぐちゃになりました。割れ物が多いキッチンの棚は扉が開かないようロックをつけたり、ガラスに飛散防止フィルムを貼ったりすると安全です。食器棚や冷蔵庫が倒れると危険なので、動かないよう固定しましょう。

「高齢世代の住宅は、まずこの3ヵ所をチェックしてください」(田原さん)

吉永
キッチンといえば、「グラッときたら火の始末」と昔はよく言ってましたよね。
田原
今は「グラッときたら身の安全」です。震度5以上の揺れでは、ガスの安全装置が作動して自動的にガスが止まります。火を消そうとして慌てる方が危険です。
吉永
地震の後に起きる火事はガスの火が原因ではないのですね。
田原
通電火災が多いと言われています。これを防ぐために、避難する前には必ずブレーカーを落としてください。
吉永
いざ地震に遭ったら動転してしまうから、ちゃんと覚えていられるかな。私は東日本大震災のとき自宅にいましたが、どうしたらいいのかわからず大慌てでした。
田原
まずは身の安全が第一です。大きな揺れを感じたら、すぐテーブルの下に入ってください。揺れが大きいとテーブルが移動してしまいますから、脚をしっかり握りましょう。
吉永
家から無事に出ないと、避難もできませんよね。
田原
安全に避難するためには、ハザードマップを目につくところに置いてください。裏面にも有用な情報がいっぱいです。無料で配られるものですが、手元になければ役所などの公共施設で手に入れられます。
吉永
ハザードマップでは避難場所などを確認しました。東日本大震災のときには、近くで働いていた娘が帰宅難民になってわが家へ避難してきました。もし家族と連絡がつかなかったら、とても不安だったと思います。
田原
地震直後は被災エリアの中では電話がつながりにくくなります。家族と連絡をとるには、離れた都道府県の人を介して伝言をやりとりする「三角連絡法」がおすすめです。電話会社(NTT)の「災害用伝言ダイヤル171」も役立ちます。災害時にメッセージを録音・再生できるサービスで、毎月1日と15日、防災週間等に体験利用日がありますから、あらかじめご家族で練習しておくといいですね。
吉永
非常時に連絡がつく手段があるのを知っていれば、安心できますね。伝言ダイヤルは練習できても、地震はいきなり本番です。私は東日本大震災のときに冷静でいられなかったから、その後に目黒区にあった防災体験施設まで行って、震度6の揺れを体験してきました。あらためて、これはパニックになって当然と思いましたが、初めてと一度体験済みではだいぶ違うのではないかとも思いました。
田原
災害対策の基本は「正しく恐れて正しく備える」ですが、「自分だけは大丈夫」という「正常化の偏見」を抱きがちでもあります。私がお話しする防災セミナーでは、最初ぴんときてなかった様子の方が、動画や体験談の後で「まず家具の転倒防止をしよう!」などと言われることがあります。災害のイメージをつかめるのでしょうね。
吉永
具体的に何も考えていないのに、いきなり本番がきたら混乱しますよ。自分の問題としてとらえるためには、防災リュックを背負って重さを確認しながら避難所まで歩いてみるといいんですよね。何でもないときに歩いても転ぶ世代が、地面が揺れているときに歩けるのか。歩けないなら、助けてくれる地域のつながりがあるかどうか。ひとつひとつ確認しなければと思います。

あなたは自宅から避難所までのルートを把握していますか。

田原
高齢者は災害関連死で亡くなる方が多いのです。原因を見ていくと、初期には外傷が多いですが、避難所生活が長くなるにつれて、持病の悪化、気管支炎や肺炎、心不全、脳梗塞が増えていきます。避難生活の心身ストレスもありますが、これを防ぐためのご自身でできる体調管理も多くあります。たとえば水分をこまめにとったり、まめに口腔ケアをしたりすれば、脱水症状や熱中症、肺炎は防げます。つま先を上下に動かす簡単な体操だけでも、エコノミークラス症候群の予防に効果があります。もし体調が悪くなったら、自治体の医療サポートもありますので、積極的に相談してほしいです。
吉永
認知症だったり持病を抱えていたりする方は、一般の避難所では生活が困難です。どうしたらいいでしょうか。
田原
災害発生から数日以内に、福祉避難所が開設されることになっていて、特別の配慮が必要な方はそちらに移れます。高齢者施設等の空き情報を確認することもあります。
吉永
今のところ、私はまだ福祉避難所を希望しなくていいのかなと思います。ただ、非常時に膝が痛んだら、避難先まで長く歩けるか気になります。
田原
不安なときは、自治体への事前の相談をおすすめします。介護を受けていなくても、一人での避難が難しい方は避難行動要支援者名簿に登録できます。リストにお名前があると、警察や消防、民生委員・自治会の自主防災組織などが連携して非常時の避難をサポートしてくれる仕組みです。
吉永
介護や障害の有無に関係なく登録できるとは知りませんでした。私がもし避難所生活をするとしたら、それもいろいろ心配です。一人暮しなので、トイレに行くときに「荷物を見てて」と頼める人もいないわけです。話し相手もいないですし。
田原
これまでお手伝いした避難所では不眠やPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しんでる方を多く目にしました。イライラしてちょっとしたことで喧嘩になったり自分を責めたりされる方が想像以上に多いのです。
吉永
東日本大震災の後に避難所の取材をしたときに「ノートとペンがほしい」とよく言われました。「自分より大変な思いをした人がいるから『辛い』と口に出せない」ということだったんです。いいことも悪いことも全部書き出せば、気持ちをラクにできる。よくわかります。私も非常用持ち出しリュックにノートと鉛筆を入れました。
田原
気持ちの整理は大切です。
吉永
便利な防災道具が命を守るように、書くことは気持ちを守るものなのだと思います。非常時に慌てたり落ち込んだりしないための工夫は、自分にしかできない防災のひとつではないでしょうか。

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