第4回
マザーハウスの
ウォッシュジュート
スモールショルダー
マザーハウス
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念を掲げて、2006年にバングラデシュでバッグの生産・販売をスタート。現在ではネパールやインドなど生産国を6つに広げ、販売拠点は海外も含めた約50店舗へ拡大している。創業者であり、代表兼チーフデザイナーの山口絵理子さんは「カンブリア宮殿」などメディアにもたびたび取り上げられている。
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マザーハウス バッグ事業
MD部門チーフマネージャー
田口ちひろさん
国内店舗で販売スタッフを務めた後、カントリーマネジャーとして2010年にバングラデシュ、2011年にネパールへ赴任。2018年には、アパレル事業スタートのためインド・コルカタ工房を立ち上げた。2022年よりバッグ事業のチーフマネージャーを務めている。
見過ごされていた“黄金の糸”ジュート
2010年、マザーハウスに入社して初めて行ったバングラデシュで見たのは、現地の人たちが想像以上の環境で生活する姿でした。街の臭いは強烈で、始めは少しウッとなってしまう瞬間も……。スラム街ではゴミの山を漁ったり、汚れた川で洗濯をしたりしている人たちもたくさんいました。
バングラデシュは、日本の約4割の国土に約1億6000万人が暮す人口密度の高い国です。人件費の安さと労働力の集めやすさから、低価格の衣料品を大量生産して世界中で販売するファストファッション企業も多数進出しています。
先進国の大企業が、よりコストの安さを求めて途上国で大量生産をすることは当然の市場原理かもしれませんが、給与が最低賃金以下になっていたり、支払いが何ヵ月も遅れたり、工場で働く人たちにしわ寄せがいった結果の「安さ」だとしたら、健全な姿とは言えません。
マザーハウスの工場の近くにもそうしたブランドの工場があります。その工場で労働者の賃上げ要求ストライキが起きて鎮圧に警察が加わり、暴動に発展して治安が悪化するという負のスパイラルを生じたこともあります。
そんな状況のバングラデシュで、私たちが希望を見出したのが「ジュート」という素材です。
黄麻(こうま)というシナノキ科の植物繊維からつくられ、「黄金の糸」とも呼ばれるジュートの繊維と生地。生地の開発だけで1年以上かかることも珍しくありません。
ジュートは、世界の輸出量の90%をバングラデシュが占める天然繊維です。肥料も農薬もいりません。まさに自然の恵みそのもの。天然繊維の中でも耐久性が抜群に高いうえに、光合成の過程で綿の5~6倍の二酸化炭素を吸収して、廃棄しても完全に土に還ります。環境にも非常にやさしい素材なのです。
ところが、現地ではコーヒー豆やジャガイモの袋くらいにしか使われていませんでした。
「このジュートを使って、もう少しかわいくてカッコいいものがつくれないだろうか?」
バングラデシュの貧困問題に取り組もうと、首都ダッカの大学院で学んでいた創業者の山口絵理子が2006年から取り組みはじめたのが、ジュートを使ったバッグづくりだったのです。
でも、当初は現地の人に「今はみんなビニールが主流だし、ジュートなんて時代遅れ」と言われたそうです。その土地の人自身が、グローバルにも通用するローカルの価値に気づいていなかったわけですが、最近ではその価値が見直され、ジュートの価格が徐々に上がっています。
日本でも最初はなかなか理解されませんでしたが、ジュートならではの風合いや軽さを最大限に生かしたデザインを突き詰めていくうちに、少しずつ支持してくれるお客様の輪が広がっていきました。ちょうど日本でもエコへの関心が高まってきた時期と重なったことも後押しになったのかもしれません。
ただし、お客様が「途上国がかわいそうだから」「環境にいいから」という気持ちだけで商品を買ってくれても、品質やデザインが悪ければ結局タンスに入れられたまま使われなくなってしまいますし、それでは意味がありません。私たちは絶対にデザインや品質に妥協しない「途上国発のブランド」を目指したいのです。
工場長が毎日、工場へ来るのは当たり前?
設立から17年め。現在ではネパールやインドなど生産国は6ヵ国になり、店舗も海外を含めて約50店舗に増えました。最初は3人でスタートしたバングラデシュの工場も今ではスタッフ数が約330人、マザーハウス全体では約800人が働いています。おかげさまで業績も順調に伸びていて、22年にはコロナ禍ながら過去最高の売上を記録しました。
「マトリゴール」(ベンガル語でマザーハウスの意味)と名づけた自社工場では、工場長も毎日やってきて、職人たちとよく議論しています。
マトリゴールでは5~6人の職人が集まって、バッグづくりを最初から最後まで手掛けるグループ生産方式を採用。一般的なライン生産方式に比べて効率は下がりますが、技術の向上や学びあいが生まれ、1人1人の責任感にもつながっています。
「そんなの当たり前でしょ」と思いませんでしたか? これがバングラデシュでは当たり前ではないのです。
一般的なバングラデシュの工場では、海外の発注先からメールなどでデザインが送られてきて、それを工場に指示して大量生産しています。そのため工場長や管理者は工場に来ずに離れたオフィスから指示だけ出しているケースが多いんです。働く人たちは暑い工場で汗をかいているのに、管理職は冷房の効いた涼しいところにいたりする。
バングラデシュでは上司に話しかけるのもタブーとされていたりするので、マトリゴールのように販売サイドと工場長、そして職人がフラットにアイディアを出し合い、相談しながらモノ作りをしているのはとても珍しいと思います。
賃金や福利厚生にも気を配っています。
たとえば、マザーハウスに転職してきたある職人の月収は前職の2.5倍になりました。現地のマネジャーには日本人スタッフと同額のお給料を払っていますし、昇進も国籍による差はありません。
つい最近では、マトリゴールの工場長であるマムンが取締役に就任しました。途上国で現地採用された人材が日本の会社で取締役になるケースは非常に稀だと思います。
モルシェドというサンプルマスターの職人は、マザーハウスで安定して働けるようになったからと、離れて暮していた家族を地方から呼び寄せて、今は一緒にダッカで暮らしています。バングラデシュはとても家族を大事にするので、一緒に暮せるのは何より嬉しいことなんです。
マザーハウスではバングラデシュから職人を日本へ招いて、お客様と交流しながら修理技術などを披露するイベントも開催して好評を得ています(黒い帽子の男性がモルシェド)。
バングラデシュでは日本のような健康保険や年金制度がないので、社内で積立制度も設けています。給与の数%に加えて、会社も同額を毎月積み立てて、事故や病気のとき、家を建てるときなどお金が必要になったときに使えるしくみです。
お昼は希望者に給食が出ますし、レザー産業の工場では珍しい産休や年2回の健康診断のほか、時にはみんなでピクニックへ出掛けて楽しむ行事もあります。
マトリゴールのような工場は正直まだまだ少数派です。ただ、バングラデシュはロールモデルがいると「自分たちもできるかも」という気持ちになりやすい国民性。「隣の工場ができるなら、うちも」って、真似してくれる工場がたくさん増えてくれると嬉しいです。
今回ご紹介する『ウォッシュジュート スモールショルダー』は、山口がデザインして、モルシェドが型紙に起こしました。
商品名にもなっている「ウォッシュジュート」とは、石と一緒に洗うことで余分な繊維を落とし、やわらかく仕上げた生地のこと。とても手触りがいいのが特長です。
『ウォッシュジュート スモールショルダー』のダークインディゴ。本体はすべてジュート。ショルダーベルト・ポケット口などには牛革を使っています。
コットンやナイロンとは一味ちがう、ザックリしたジュート生地がナチュラルな印象ですが、それをレザーと組み合わせることで、より大人っぽく上品にしました。
ただ「環境にいい」「途上国のためになる」だけでなく、単純に「かわいい! 欲しい!」と買っていただき、使って満足いただけるデザインと品質に仕上がっていると自負しています。