あんなにも〝快腸〟だった若き日が懐かしい…。
齢を重ねるごとにお腹がつまりぎみで嘆いている読者は、
このお三方の話に勇気をもらってください。
腸先案内人は、半世紀にわたる腸内細菌の研究で
わが国のみならず、世界的に知られる辨野義己先生。
便秘に悩むあまたの人たちの腸内細菌をみてきた
辨野先生だけあって、お話し相手のお一人、
松本明子さんの腸内細菌もかつて判定したことがあるそう。
辨野義己先生
べんの・よしみ●(一財)辨野腸内フローラ研究所理事長。理化学研究所名誉研究員。近著『最高の睡眠は腸活で手に入る』(扶桑社)を含め、一般書の著作は50冊以上にのぼる。
松本明子さん
まつもと・あきこ● 83年歌手デビュー。元祖バラドルとして人気番組の数々に出演。2015年には、永年の便秘との苦闘を誠実につづった『腸をキレイにしたらたった3週間で体の不調がみるみる改善されて40年来の便秘にサヨナラできました!』(アスコム)を上梓し話題となる。
中井美穂さん
なかい・みほ●フジテレビでアナウンサーとして活躍後、独立してフリーに。大腸がんの啓蒙活動でも知られ、19年にはNPO法人キャンサーネットジャパン理事に就任。
- 松本
- 先生! ごぶさたしております。
- 辨野
- 元気そうですね。お腹、随分改善したそうじゃないですか。
- 松本
- おかげさまで12年前に便秘外来へ通ってから、以前とまったく違います。生まれ変わったと言ってもいいくらいです。
- 中井
- 長い間、重い便秘に悩まれていらしたと伺いましたけれど。
- 松本
- ひどいときは10日に1回ですから、月に3回しか出ない。自力で出せないから、下剤とか、浣腸とか、もう3歳から……。
- 中井
- えっ、3歳ですか?!
- 松本
- 母も祖母も便秘症だったので、棚に浣腸が常備されていて、4~5日出ないと母がブスッと。上京してお仕事を始めてからは、トイレに行かないように水分を控えるクセがついちゃって。ほら、生放送でガマンできないとこわいから。
- 中井
- (深く頷いて)わかります。
「40年以上、ひどい便秘でした。レントゲンを撮ったら肛門から胃の手前まで、便がぎっしりと」松本さん
- 辨野
- 『電波少年』をやっておられたときが、いちばん便秘が悪化したとおっしゃっていましたね。
- 松本
- あの頃は自律神経が乱れに乱れていて、若年性更年期障害みたいになっていました。30代前半なのに汗がぶわーっと出て、座った椅子が水浸しみたいな。やっぱり便秘がいちばんつらかったですね。そのあとテレビ番組の企画でレントゲンを撮ってもらったら、肛門から胃のすぐ手前までウンチが4キロも詰まっているって言われました。
- 中井
- つらそう……。私はどちらかというと出過ぎるほうというか便秘ではないんですけど、便秘は自律神経の問題なんですか?
- 辨野
- それもあります。便秘症は4つのパターンに分類できて、そのうちの1つが自律神経の乱れから起こる「痙攣性便秘」。ストレスで長い腸のどこかで痙攣が起きてぜん動運動が弱くなったり、腸が狭くなったりして便を送り出せなくなるんです。じつは、私もそれで去年の10月に生れて初めて便秘になりました。
- 松本
- あらーっ! 便の辨野先生がですか?
- 辨野
- 永年務めた理化学研究所を辞めて財団法人をつくったんです。理事会はどうする、研究費も集めなきゃとすごいストレスで。同じ頃に愛犬が亡くなって散歩に行かなくなったから、腸腰筋の低下でいきむ力が弱くなる「弛緩性便秘」でもあったんでしょう。しかし、便秘はつらいね。こんなに苦しいものを皆さんよく我慢されているなとつくづく感心しました。
便秘症にはつぎの4つのタイプがある。
医学的には3日以上排便がないと便秘症とされている。辨野先生のデータでは、日本人女性の48%は便秘に悩んでいるそう。
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❶弛緩(しかん)性便秘
便を出す筋肉(大腰筋と腸骨筋)がおとろえて、ぜん動運動がうまくできないための便秘。排便後も「すっきりしない」と感じる人が多い。
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❷痙攣(けいれん)性便秘
自律神経の働きが乱れることで腸管が痙攣したり、狭くなることで便が進めなくなるための便秘。便の量が少なく、コロコロ状の便の人に多い。
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❸直腸性便秘
外出先などで排便を我慢しつづけた結果、便が直腸に入ったときの「直腸肛門反射」が起きくくなり、便意を感じにくくなるための便秘。
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❹食事性便秘
食べ物の摂取量が少なく、大腸のぜん動運動が停滞し、便意が起こらなくなるための便秘。ダイエット性便秘とも言われ、若い女性に多い。
- 中井
- 松本家は三代で便秘とおっしゃっていましたが、遺伝するものなんですか?
- 辨野
- 遺伝はしませんが、腸内細菌は誕生のときにお母さんから受け継ぎます。だいたい30~40%は母親からもらうと言われていて、その菌を終生だいじに持ち続けるというのが人間の一生です。
- 中井
- お母さんが持っている菌で子どものお腹の運命も決まっていくわけか。選べないんですね。
- 辨野
- お母さんの菌は子どもが持つ最初の腸の「個性」です。あとは生活習慣や食習慣によって個性が育って、腸内環境ができ上っていく。「人格」と同じですよ。自覚と努力で変われるところも同じと言えますね。
- 松本
- まったく違う腸内細菌にも変えられるんですか? たとえば便秘をしにくい菌とか。
- 辨野
- 大人になってからは腸に棲みつく菌の顔ぶれはほぼ変わりません。抗生物質を服用すると一時的に変わることもありますが、元へ戻ります。変えられるのは腸内細菌のバランスです。善玉菌、悪玉菌という言葉を聞かれたことがあるかと思いますが、たとえば善玉菌のビフィズス菌が増えると、大腸に刺激を与えて腸のぜん動運動を活性化します。よいウンチかわるいウンチかを決めるのも、この善玉菌と悪玉菌のバランスです。
- 中井
- 便にもよしあしがある?
- 松本
- 出るだけじゃダメなのか……。
- 辨野
- さらに言ってしまえば、善玉菌と悪玉菌のバランスが大腸の病気や体の免疫力、ひいては健康寿命も左右します。ウンチの回数や状態を見れば腸内環境のバランスがわかりますから、僕はウンチは体からのお便りと言っています。
わるいウンチと日本女性の「がん死第1位」の切っても切れない関係。
- 辨野
- そもそも、ウンチは食べかすの固まりだと思っていませんか?
- 松本
- 違うんですか?
- 辨野
- 健康なウンチの80%は水で20%が固形成分ですが、固形のうち食べかすは3分の1程度。残りの3分の2ははがれた腸の粘液や粘膜、そして腸内細菌です。1回の排便量は200~300グラム出るのが理想で、その中には少なくとも200~300兆個の腸内細菌が存在しています。
- 松本
- え、そんなに?
- 辨野
- 大腸内の細菌の重さを足すと1.5キロあると言われています。
- 中井
- みんな生きているんですか?
- 辨野
- だいたい生きています。腸内細菌たちを自分とは別人格と考えれば、体重から1.5キロを引いた重さがあなたの本当の体重です。
- 松本
- あら! それはいいかも。
- 辨野
- 腸内細菌のバランスがよくて善玉菌が多いと、糖質の発酵が進んでウンチは酸性になります。臭いもきつくない。反対に臭いウンチは腸内に悪玉菌が増えて腐敗しているサインです。この腐敗が問題で、病気の元となるインドール、アンモニアなどの有害物質を出してしまう。大腸が、人の臓器の中で最も病気の種類が多い臓器と言われる一因です。
「人工肛門から出てくる便を見て、ありがとうと思いました。このおかげで私、生きていられるんだわって」中井さん
- 中井
- 大腸の中から起きた病気ではないんですが、私、20年前に子宮筋腫があって、腹腔鏡手術を行ったら、そのあと腹膜炎になってしまって。それでまた手術して、腸が回復するまで1年くらい人工肛門をつくることになって。ストーマ、ご存じですか?
- 松本
- たしか、渡哲也さんも……。
- 中井
- 公表されていましたよね。ストーマってね、機械のような装置をつけるのかと思ったら、炎症が起きた腸の悪いところだけを切って、腸管の肛門へつながる方を腹壁から出して「出口」をつくるんです。なので、便が出る瞬間を自分で見ることができるわけですよ。便意はないんですけど。
- 松本
- ないんですか?
- 中井
- ないです。肛門みたいに筋肉があるわけじゃないから我慢もできないし、知らないうちにパウチ(袋)の中に出ているので「うわっ」ってなるんですけど、同時に「ありがとう」って思いました。この腸のシステムがあるから、私、生きていられるんだわって。
- 辨野
- 肛門は温存されたんですね。
- 中井
- そうです。1年後につなぎ合わせていまはふつうに肛門から排泄していますけど、腸や排便の大切さを思い知って、大腸がんの啓蒙活動に参加するようになりました。
- 辨野
- 大腸がんは非常に大きな問題です。2003年から日本人女性のがん死のトップはずっと大腸がんですから。腸内細菌でいうと、大便内で悪玉菌がつくる有害物質が大腸がんを起こす要因になることもありますし、大腸に流れてきた一部の胆汁酸を、大腸がんを促進する二次胆汁酸に変えるのも悪玉菌の仕業です。
- 中井
- だから、腸内細菌のバランスが大切なんですね。
- 辨野
- おっしゃる通りです。体内の免疫細胞の約7割は腸の中に存在しています。善玉菌が働いて腸内環境がよくなれば免疫細胞も活発になります。そのためには大腸へいかにいい食べかすを送り込んで、腸内細菌のよいバランスを保つか。大腸は人間の臓器の中で唯一、食事によってコントロールができる臓器でもあるんですよ。