地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
わげもん~長崎通訳異聞~
2022/05/16公開
ペリー来航前夜の長崎を舞台にした、オランダ通詞たちの冒険譚
「わげもん=和解者」とは、江戸時代、商用だけでなく、政治的交渉の場にも欠かせなかった通訳者のこと。この物語は、幕末、海外との唯一の交易の場であった長崎を舞台に、失踪したオランダ通詞の父を探す江戸出身の青年・伊嶋壮多(永瀬廉)の冒険と成長を描く。
類まれな言語センスを持つ壮多は、独学でオランダ語を習得。その懐にはいつも父が遺した貴重な通詞手帳がある。長崎にたどり着くと、出島から逃げてきた外国人を救ったことから、さっそく事件に巻き込まれてしまった。そのことから、名通詞・森山栄之助(小池徹平)や唐人の父を持つ芸妓見習いのトリ(久保田紗友)らと知り合い、少しずつ手がかりをつかむが、それは町の闇を探ることにもなる。全四話の二話では、長崎奉行がアメリカ側に引き渡す漂流民の中に見知らぬ男が紛れ込むというミステリアスな展開に。
三話では、森山に誘われ、彼の塾で英語を学びはじめたものの、父の事を知っていると見込んだ老通詞が不審な死を遂げ、壮多に殺人容疑が。捕らえられ、牢に入れられた壮多は、優秀な通詞だった父が長崎を追われた真相を知ることに!?
ここで重要なのは、舞台が長崎ということだ。時代劇で「長崎」といえば、独特の異国情緒とともに、「密入国」「密貿易」「密使」「密談」「密会」「密閉」などなど、密がいっぱいというのが、お約束。過去にも、時代劇の名優・萬屋錦之介が悪を成敗する長崎奉行に扮した『長崎犯科帳』(1975年)や若き日の遠山の金さんこと遠山金四郎(葛山信吾)と長崎奉行となった父(小林稔侍)がぶつかりながら事件に向き合う『夢暦長崎奉行』(1996年)など、異色の時代劇が作られてきた。あの「水戸黄門」シリーズでも、長崎が舞台になった回があり、そのときには助さん、格さんがちょんまげに燕尾服を着て夜会に出るなど、異国情緒というより仮装パーティーのような展開になった。長崎には江戸にない魅力があり、当然、そこで暗躍する人間たちが次々と出てくる。この「わげもん」は、特に「怪しいおじさん大集合」という感じだ。
まず、怪しいおじさん1号は、神頭有右生(こうずゆうせい・高嶋政宏)。置屋に居候し、医師のまねごとなどしている蘭学者崩れのようだが、正体不明。オランダ語も英語も話せる不思議な存在だ。
怪しいおじさん2号は、周田親政(すだちかまさ・武田鉄矢)。長崎に生まれ、赴任してくる代々の長崎奉行の家老を務める。アメリカの捕鯨船漂流民が日本で虐待されているとアメリカから抗議された一件でも強気で乗り切ろうとする。奉行より発言力が強く、話も長い。
怪しいおじさんその3は、大通詞の大田崇善(おおたそうぜん・本田博太郎)。同じく大通詞の杉原(矢島健一)をライバル視し、自分の息子が剣術ばかりで語学が苦手なことで、いつも苦い顔をしている。
永瀬廉は、これが時代劇デビュー作。初めての時代劇で高嶋政宏、武田鉄矢、本田博太郎、強烈すぎる三人に囲まれたら、ひとたまりもない。大丈夫か!? と心配したが、彼には強力な武器があった。“一途な青年の目力”だ。じわじわと父の苦難を知ることになり、悲しみいっぱいの壮多。目を見開き、涙を浮かべて「長崎が殺した!!」と絶叫する永瀬の表情は、インパクト絶大だ。
もちろん、3おじさんも黙っちゃいない。周田は「こん町におる侍はみんなよそもんたい」と、町を牛耳る気満々で、自ら刀まで持ち出す。大田は、通詞として何ができるか考え、またしても苦い顔。中でもびっくりの「裏の顔」を見せたのが、神頭だった。
神頭は、捕らえられた壮多を救おうと、どこから出てくるのかと思ったら、なんと床板をぶち抜いて登場。「お・め・え・は・狙われている」と独特のリズムで説得して脱獄するって、スーパーマンか。その後、またしても危機一髪の壮多を助け、捕り方の役人たちには「お久しぶりでーす」と挨拶する。神出鬼没のルパン? いやいや、船に乗ったら、パイプをぷかりしてるし。ポパイだったの!? もはや何者かわからないくらいの謎おじさん神頭の正体を知った時、壮多は大きな決断をするのである。
原作は朝ドラ『君の名は』(1991年)や大河ドラマ『花燃ゆ』(2015年)の宮村優子。なお、永瀬廉は朝ドラ『おかえりモネ』(2021年)で俳優として注目を集めたが、この時代劇にはもうひとり、朝ドラ『カムカムエヴリィバディ』(2021~2022年)でヒロインの相手役となった村雨辰剛が、交易を仕切るオランダ商館の勝手方として出演。クライマックスでは、朝ドラ俳優二人に意外な場面があるのもみどころのひとつだ。勧善懲悪とか、スカッとするチャンバラとは一味違うが、長崎、幕末だからこその人間ドラマが観られる。新鮮味がある時代劇である。