ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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御家人斬九郎 第5シリーズ

2022/07/11公開

若き日の渡辺謙がほれ込んだ名作時代劇をBS放送で楽しむ

 渡辺謙といえば、今やハリウッドでも活躍する国際スター。その俳優歴は、斉藤由貴がヒロインを務めたNHK朝ドラマ「はね駒」(1986年)の相手役として注目された若手時代の第一期、大河ドラマ「独眼竜政宗」で高視聴率(平均39.7パーセント/1987年)を記録して大型俳優としてブレイクした第二期、病を経て、現代劇、時代劇問わずさまざまな娯楽作品でおとなの味を出した第三期、そして、現在のハリウッド進出の第四期へと続いてきた。

「御家人斬九郎」シリーズ(1995~2002年)は、本人が「自分の三十代は、斬九郎とともにあった」と回想するほどほれ込んだ作品。第三期の代表作といえる人気作だ。

 名門の家柄とはいえ、無役で超貧乏御家人松平残九郎(通称斬九郎 渡辺謙)は、剣の腕は確かだが、ぐうたらで酒好き。「八百善の料理人を呼びたい」などと言いだす食道楽の母・麻佐女(岸田今日子)の食費調達のために裏稼業“かたてわざ”に精を出す日々だ。しかし、大名家の罪人の介錯など表沙汰にできないかたてわざや、幼なじみの同心西尾伝三郎(益岡徹)の捕物を手伝ううち、事件に巻き込まれる。

 原作者の柴田錬三郎が「明るい眠狂四郎」と語ったこの作品。最大の魅力は、登場人物のキャラクターだ。斬九郎は、不良御家人だが、悪事は大嫌い。弱い者いじめや人を騙す悪党には、ズバッと剣をふるう。また、斬九郎と強気芸者蔦吉(若村麻由美)のつかず離れずの恋模様も気になるところ。長く日本舞踊に親しんだ若村の粋な着物の着こなしはとても美しい。さらに面白いのは「私を飢え死にさせる気か!」と息子の枕元で薙刀を振り回す母との笑えるやりとり。なにしろこの母は、誘拐されても得意の鼓を恐ろしい形相で打ち鳴らし、誘拐犯をビビらせた強者なのだ。日頃、「くそ婆」などと母の悪口を言っている斬九郎も結局は、母のために走り回ることになる。

 雪の夜に立ち寄った屋台から立ち上る湯気のあたたかさ、暑い日に蔦吉が揺らす団扇の風の涼しさ、麻佐女がうれしそうに開ける重箱の料理の美味しさ(実際に京都の名店に頼んでいる)などなど、江戸の風情や情緒を織り込んだ映像美も大きなみどころ。それを作り上げているのは、昭和の映画全盛期からの伝統を受け継ぎ、「鬼平犯科帳」など、傑作時代劇を世に送り出してきた旧大映系の映像京都の手練れスタッフだ。美術の西岡善信は、アメリカのエミー賞にもノミネート経験がある日本の映像美術界の大御所。音楽は黒澤明監督の「用心棒」を手がけた佐藤勝。あざやかな殺陣を見せる斬九郎の着流しからフンドシがちらりと見える。そのチラリが美しく見えるよう布地の端に硬貨の重りがつけられていたという。そこまでこだわる! CGでは出せない名人芸である。

 こうした現場を愛するゲストも豪華。放送される第5シリーズには、お宝の秘密を握る(?)最後の忍者に笹野高史、斬九郎に安値で用心棒を頼む武士に萩原流行、麻佐女のライバル女史に藤村志保など、名優が次々登場。中でも第八話「乱調麻佐女」には、笛の名手役で林与一が出演し、いい味を出す。

 江戸でも指折りの両替商の婚礼で、鼓を披露してほしいと頼まれた麻佐女。「この私に町人の余興に鼓を打てと申すのか!!」と斬九郎に一度は怒ったものの、急に小声になって「相手が相手であるからして…」と、謝礼が高額ではないかとぐふふふ笑い。それでこそ、麻佐女様。岸田今日子の品格と俗っぽさの使い分けは絶妙だ。未亡人の麻佐女は、笛名人の二枚目にぼーっとなってしまう。しかし、男はとんだ食わせ者。さあ、どうする斬九郎!?

 そして、最終話「最後の死闘」。シリーズ完結のストーリーはなかなかに壮絶だ。

 ペリーが来航し、日本中が騒然とする中で、蔦吉は幕府がアメリカ使節を接待するお座敷を、英語に心得のある麻佐女は翻訳を頼まれる。そんな折、他家に養子に行っていた斬九郎の兄・与市兵衛(三浦浩一)が勘定吟味役として働く下河原藩の公金を着服し、切腹したと知らせが入った。まじめな兄を信じる斬九郎は、この事件に裏があることと探りを入れ、ついに兄の仇を討つため、単身大名屋敷に乗り込む!見送るしかない麻佐女、蔦吉、伝三郎らの表情が切ない。斬九郎の前にたちはだかるのは、下河原藩家老(山崎努)と井伊家縁の長野主膳(ブレイク前の松重豊)。 山崎・松重、二大怖い顔ににらまれ、拳銃まで持ち出す大勢の敵を相手に、斬九郎も真っ白な雪の中、ついに力尽きたか…。

 この回の監督は渡辺謙本人。音楽にも凝りまくり、「ふたつの大型セットで予算も二倍かかった」あっと驚く最終回となった。なぜ、二倍かかったかって!? それはぜひ、ドラマでご確認を。

今回ご紹介した作品

御家人斬九郎 第5シリーズ

BSフジで毎週水曜 18:35~19:30放送中

情報は2022年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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