ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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善人長屋

2022/08/10公開

悪党たちが人助け?人情噺+αの深みのあるストーリーに注目。

『善人長屋』の舞台はどこにでもあるような江戸の長屋。しかし、そこに暮らしている店子は、一見、人がいい善人ばかりだが、実は盗人、スリ、美人局など裏稼業で稼ぐ“悪党”ばかりなのだ。ある日、その長屋に錠前職人の加助(溝端淳平)が入居を希望してくる。表では質屋を営みながら、盗品を売りさばく「系図買い屋」の大家・儀右衛門(吉田鋼太郎)は、加助を錠前破りの名人と勘違いして、入居を快諾。すると、本物の善人である加助は、困っている人を次々長屋に連れ込むようになる。見かねた儀右衛門の妻のお俊(高島礼子)、娘お縫(中田青渚)ら、巻き込まれた悪党連中が人助けをする羽目に…。

 大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然。長屋生活は壁も薄く、話も筒抜け、井戸端会議で近所の噂話など情報収集もバッチリだ。人情、騒動、子育てなど、町人の生きる姿描く時代劇は、数多い。
代表作のひとつが、山本周五郎の「人情裏長屋」を原作にした作品。第一弾は、73年のフジテレビ『ぶらり信兵衛道場破り』だ。

 長屋に住むのんきな素浪人・松村信兵衛(高橋英樹)は、人がよく他人の子を押し付けられて育てることに。粋な芸者こふね姐さん(浜木綿子)や長屋の住人たちは何かと面倒を見てくれるが、どうしても金がいるとなると、信兵衛は密かに道場破りをして金を稼ぐのだった。放送当時、日本は第一次オイルショックで高度成長の夢が壊れてガックリきていたころ。人が斬られることなく、人情味たっぷりの長屋物語はたくさんの人の心をほっこりとさせた。メインライターは『北の国から』の倉本聰だ。この原作は、2015年にNHKBSプレミアムで高橋克典主演『子連れ信兵衛』として2シリーズ放送されている。

 なお、山本周五郎原作では、『ゆうれい貸します~お染恋の七変化』(2003年)というユニークな時代劇もある。
江戸の長屋に暮らすやもめの桶職人弥六(風間杜夫)の前に突然現れた美人芸者お染(鶴田真由)。実はふたりは百年前に非業の死を遂げたカップルで、成仏できないお染は幽霊になって、現世に生まれ変わった弥六を探し当てたのだった。成仏するより恋心優先のお染。なのに肝心の弥六はさっぱり彼女の記憶がない上にお染の母幽霊(朝丘雪路)やお嬢様幽霊(乙葉)まで呼び出して、「ゆうれい貸します」という珍派遣業を考案する。幽霊を貸す方も貸す方だが、借りたいと言ってくる客も客である。

 このほか、長屋の住人が次々と姿を消していく宮部みゆき原作のミステリー時代劇『ぼんくら』(2014~15年)や、大名の双子の弟が長屋暮らしをしつつ夜は正義の味方となって悪を成敗する『桃太郎侍』など、名作はたくさんある。

 では、『善人長屋』の見どころはどこか。

 ポイントは、長屋の悪人たちが、加助に悟られることなく、各自の得意技を活かして、困りごとを解決しようとすること。そして、意外な展開が待っていることだ。たとえば、第二話「泥棒簪」では、若い女中のお貞(藤野涼子)が、奉公先の意地悪なお嬢さんのキラキラ簪をこっそりつけて外出し、悪者たちに奪われてしまったと泣きながら告白する。そこで長屋の盗人・庄治(山崎樹範)が出動。庄治が人助けする気になった理由は、「盗みは夜中にこそこそするもので、白昼盗ったことが許せない」からだという。うっかりするといいことを言ってるように聞こえてしまうよ!それはともかく、悪党には悪党の筋の通し方があるのである。庄治は悪者の愛人(若村麻由美)の家を見張り、侵入するも一度は失敗。だが、「ここにあるはず」とプロ(?)の勘が働き、見事に簪を取り返す。それがきっかけで、ある殺人事件の真実が明らかになるのだった。原作は、直木賞作家の西條奈加。ただの人情噺でなく、もうひと掘り深い話になっているところが面白い。

 また、吉田はじめ、山田純大、柳沢慎吾ら、長屋の住人たちが自分たちをしっかり悪党だと自覚し、なるべく善人と関わらないようにしている姿勢も興味深い。加助に出ていってもらいたい悪党たちだが、彼がかつて暮らした赤坂で大火事のために妻と娘を亡くし、思いを断ち切るために引っ越してきたと聞くと、出ていけとはなかなか言えないのである。溝端淳平は、藤沢周平原作の『立花登 青春手控え』シリーズ(2016年~)では、社会の最底辺にいる牢屋の囚人を診ることで人間の裏表を知り、成長していく若い医師を演じていたが、ここでは中年の悲哀を感じさせる。

 第四話「嘘つき紅」では、商人を装う極悪の詐欺師・又五郎(神保悟志)を懲らしめようと、長屋の詐欺師お竹(美保純)とお縫が動き出す。お縫の家の稼業が質屋なので、変装したり罠を仕掛けるのに必要な物品が手に入りやすいのもうまい設定だ。加助にも奉行所の探索にもバレないような離れ業が、まだまだ出てきそうである。

今回ご紹介した作品

善人長屋

放送
毎週金曜よる8時 BSプレミアム・BS4K
配信
NHKオンデマンドにて全話配信中

情報は2022年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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