ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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乾いて候

2022/09/09公開

田村正和が掟破りの美剣士を妙演。唯一無二の存在感は必見

 2021年4月3日、77歳で世を去った俳優・田村正和は、唯一無二の存在感で半世紀以上活躍した永遠の二枚目だ。興味深いのは、現代劇と時代劇でまったく魅せる顔が違っていたということ。現代ドラマでは、『ニューヨーク恋物語』などのラブストーリーをはじめ、『うちの子にかぎって…』『パパはニュースキャスター』などのホームコメディ、『警部補・古畑任三郎』シリーズでは、ちょっとコミカルな雰囲気と鋭い推理力を披露。一方、松本清張原作の『砂の器』、『球形の荒野』、『疑惑』などでは、現代の闇に触れるシリアスな役柄を演じきった。

 一方、時代劇となると勝海舟、大石内蔵助など歴史偉人の役柄とともに、「この役は田村正和にしかできない」という強烈過ぎる人物を演じることも多かった。
 その代表が、「乾いて候」の主人公・将軍家お毒見役の腕下主丞(かいなげもんど)だ。
 主丞は、八代将軍徳川吉宗の隠し子にして、どんな毒も見分け、どんな毒にも毒されないスーパー耐性体質の美剣士。では、どうやって毒耐性のお体を作ったのか?そこには哀しい母の物語が…。

 父・吉宗に捨てられた主丞の母上は、一度は毒を飲んで乳飲み子の主丞とともに死のうと決意。しかし、思いとどまって、「この子を吉宗様の毒味役に育てよう」と決心する。この世で一番強いのは母の一念。なんと母は連日、自分の乳首にありとあらゆる毒を塗り、赤子の主丞を育て上げたのだった。この母上を演じたのが、泉じゅん。日活ロマンポルノでも活躍した人気女優だ。

 月日がたち、紀州の部屋住み若様から、八代将軍に上り詰めた吉宗は、周囲に敵ばかり。中でも将軍の座を争った尾張徳川家、甲賀の忍びが虎視眈々と吉宗暗殺を狙っている!?いつ毒を盛られてもおかしくない父の危機を救うため、主丞はお毒味役として江戸城に乗り込む。

 生い立ちを聞いただけでもクラクラするほど強烈だが、ここで終わらないのが、正和美剣士。主丞はとにかく「驚異の掟破り」を続けるのだ。

 掟破りその①
 思いっきり派手ないでたち。なにしろ、第一話が始まって15分の間に三回も命を狙われた主丞様。歩いても敵、座っても敵、寝転んでも敵、敵、敵!そんなに危ない日々なのに、真っ白い着流しに真っ赤な襦袢という夜目にも鮮やかな目立ちすぎるいでたちで堂々とお暮し。さすがだ。

 掟破り②
 城に乗り込んだ主丞がまず向かったのが、男子禁制の大奥。上様以外の男子が足を踏み入れたらば即死罪というくらいの場所に堂々と乗り込み、言い放ったのが「我の仕事はふたつ、上様が口にするものの毒味、あとひとつは女子の毒味」って、そこまで毒味しますか!
 ちなみに大奥の女子と情を通じたらやっぱり即死罪。さっそく大奥侵入を阻止しようとした美人お中臈をお毒味宣言。彼女の前で刀を抜いてクールな視線を浴びせ、メロメロにしてしまう。ご存知、城内での抜刀は御法度。どこまで破っちゃうのか、主丞様!

 掟破りその③
 主丞は、屋敷に暮らさず、山口果林演じる美人女将が営む高級料理屋に居候。これもりっぱな掟破りだが、江戸城に登城する際は、りりしい裃姿に着替える。しかし、その両肩には「紋」がなかった。すると、美人女将に一言。「そなたの紋を頂戴しよう」と、紋のところに女将のキスマークをチュッチュッと。前代未聞の唇紋をつけてご登城!
 城に入り、怪しい動きをする五代将軍綱吉の生母・月光院(江波杏子)、尾張の徳川継友(長谷川明男)らとの激闘を続けた主丞だが、やはり心の平安が必要だったのか、物語の中では、風鬼子(中井貴惠)とともに一度は江戸を出る。銃をかまえた少女暗殺者に狙われた主丞を命がけで助けた風鬼子にも暗い秘密が…。

 このシリーズは、主丞の父上吉宗に田村高廣、吉宗が熱く信頼する町奉行大岡忠相に田村亮、そして正和、名優・阪東妻三郎の息子たち、田村三兄弟が揃うのもうれしいところ。「毒を恐れて干飯ばかりで腹が減った」と、料理名人の主丞が来るのを心待ちしているとほほ顔の吉宗と「夜毎大奥に…」と父に皮肉を言う主丞。ふたりっきりになると本音をぶつけあう父と子の会話にユーモアがあるのも見所のひとつだ。

 原作は、小池一夫×小島剛夕の劇画。「名キャラクターこそ、作品の命」という小池流のアイデアが満載のシリーズで、マネのできない主丞になりきった田村に原作者は惚れ込み、後に自身の代表作「子連れ狼」の劇場版主演に田村を指名している。また、田村も主丞のキャラクターを愛し、舞台でも複数回上演した。

「雨が降ろうと、この身は乾いて候」
などなど、あの独特の声で名セリフを言い放つ田村正和。実は主人公がドラマのタイトルを口走る時代劇は、珍しい。そういう意味でも異色作。この人にしか出せない時代劇の美学がここにある。

今回ご紹介した作品

乾いて候

放送
東映チャンネルにて 9月11日より毎週日曜 朝6時~8時放送
配信
FODにて全話配信中

情報は2022年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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