ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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みをつくし料理帖

2022/10/03公開

人気小説を映像化した江戸のグルメドラマ。

 食欲の秋。時代劇を見ていると、昔の料理がとても美味しそうだと感じることがよくある。
なにしろ、当時はすべて食材はオーガニック。江戸時代は「豆腐百珍」など料理本も多数出版されている。食文化が豊かだったことがよくわかる。

 黒木華主演の「みをつくし料理帖」は、ほのぼのとした人情や主人公の恋模様とともに上方と江戸の食文化の違いという新しい視点が盛り込まれた時代劇だ。

 事情を抱え、務めていた店のご寮さん芳(安田成美)とともに江戸に出てきた大坂生まれの女料理人・澪(黒木華)は、腰を痛めた蕎麦屋「つる屋」の主人・種市(小日向文世)に板場を任されることになった。心を込めて美味い料理を作ろうと奮闘する澪だが、上方では好まれた戻り鰹が初鰹好きの江戸っ子には「猫またぎ」と敬遠されたり、人気が出た献立を料理番付で大関をとった一流料亭「登龍楼」にマネされたり苦難が続く。さらに自分が苦労して考え、出そうとした献立が先に登龍楼から出てしまう。つる家にアイデアを盗むための密偵少女が派遣されていたことを知った澪は、登龍楼に乗り込む。意地悪な強敵。登龍楼の主人采女宗馬(松尾スズキ)は、澪を鼻であしらい、とっても嫌な感じだ。しかも、その直後、つる家は放火で全焼してしまう。

 亡くした娘を思う種市、行方不明の息子が奉公先の店の金を持ち逃げしたと疑われて苦悩する芳、澪や芳を助ける長屋のおりょう(麻生祐未)、痛みを抱えながら支え合う人情がしみる。また、ぶっきらぼうだが、澪を思ってくれるグルメな武士小松原(森山未來)とまじめな医師永田源斉(永山絢斗)との恋模様も気になるところ。

 注目したいのは、澪が自分の気持ちを「眉毛」で表現してしまうところだ。小松原から、「見事な下がり眉だな」と笑われると眉毛を隠して恥ずかしがり、登龍楼の清右ヱ門の前では眉毛を吊り上げ、燃えた店の前では眉毛を震わせる。おっとり見えて、タフな心の持ち主である澪は、誰もが応援したくなるヒロインだ。

 そして、この物語にはもうひとりのヒロインがいる。吉原・翁屋で幻の花魁といわれるあさひ太夫(成海璃子)だ。彼女が幼友達の野江だと確信した澪は、なんとか再会を願うが、それはかなわない。そんな澪と太夫をつなぐのは、翁屋の料理番・又次(萩原聖人)。太夫を思い、料理に向き合う彼の男気にもじんとくる。

 次々襲い掛かる苦難。へこたれず立ち上がるヒロイン。昭和ドラマファンならば、70年代に人気を集めた「細うで繁盛記」(新珠美千代主演)、「あかんたれ」(中村玉緒主演)といった“ど根性ドラマ”を思い出すかもしれない。これらど根性ドラマブームを巻き起こしたのは、近江商人の家に生まれ、長く大阪で活躍した作家・脚本家の花登筺だ。この「みをつくし料理帖」の原作者・髙田郁は、兵庫県宝塚市出身。東京で暮らし始めて、食文化の違いに驚いたことが、このシリーズの発想のもとになったという。また、脚本は今年、朝ドラ「カムカムエヴリバディ」でも注目された藤本有紀。藤本も兵庫県出身、さらに主演の黒木も大阪府出身。奇しくも関西出身の女性たちが、上方の美味いものをたくさん紹介してくれているのである。

 黒木は、クランクイン前に出汁の引き方から米のとぎ方など料理の基礎を学び、鰹を丸ごと一本包丁で自らさばくなど、料理もすべてこなす熱演を見せた。澪が作る「はてなの飯(甘辛く煮た鰹の握り飯)」、「とろとろ茶碗蒸し」「三つ葉のかき揚げ」「ふきご飯」などは、どれも素材の味が活かされ、美味しそうだ。そうそう、澪の料理が好きで店に通いながら、いつも辛口コメントを言うおじさん戯作者清右衛門(木村祐一)の食レポもお楽しみだが、ペリーが見た限り、このドラマで一番、食レポがうまいのは、実は種市。「お澪坊」が作った天ぷらを一口食べたときの「こいつはいけねえ!」の顔は、人を幸せにする。

 連続ドラマの二年後に製作された「みをつくし料理帖スペシャル」の前編「心星ひとつ」では、野江が吉原にきた背景や今の立場、そして小松原の素性が明らかに。「ははきぎ」の料理を作ったことで思わぬ言葉をかけられた澪は、竹林をさまよい、「怖い怖い」「お父はん、お母はん、助けて」と泣き伏すことに。迷いながら、自分を道を探す澪の幸せを願うみんなの言葉が優しい。

 後編「桜の宴」では、翁屋が手に入れた料理屋を横取りしようとする采女宗馬に対抗するため、翁屋の主人(伊武雅刀)に「桜の宴」の料理を頼まれた澪は、あさひ太夫に会えるかもと引き受ける。宴に集う名だたる豪商のために澪が考えた食材を見た種市は、「それを食っちまうのか!?」とのけぞる。やっぱり種市の反応は面白い。種市といっしょに腹の虫を鳴らしましょう!

今回ご紹介した作品

みをつくし料理帖

NHKオンデマンドで全話配信中

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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