ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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大岡越前 第5部

2022/11/11公開

主演・加藤剛の人柄と努力が滲む名裁きを堪能

「大岡越前」は、名奉行として名高い大岡越前守忠相が活躍する名作時代劇。「ナショナル劇場」枠で「水戸黄門」と並ぶ看板番組となった加藤剛主演のシリーズは、1970年から全400話以上放送され、視聴率が30パーセントを超えるなど人気を博した。

 あまり知られていないが、その記念すべき第一シリーズ第一話は結構、衝撃的な内容だ。

 伊勢の山田奉行だった大岡忠相は、殺生禁止の池で夜な夜な魚を獲る不届き者がいると聞く。その犯人はあろうことか紀州の若様であった徳川吉宗(山口崇)。いつものように池に現れた吉宗を忠相がどうするのかと思ったら、迷うことなく捕縛してしまう。そのお白洲で忠相は、「わしを誰だと思っている!!」と騒ぐ吉宗を罪人として怖い顔で叱りつけ、「乱心した」と解き放った。その後、江戸で八代将軍となった吉宗に呼び出された忠相は、厳しい処罰を覚悟するが、意外にも吉宗から出た言葉は「町奉行に任命する」というものだった。

 まったく上様、池で何してたんですか…と呆れたが、これが縁で吉宗はレギュラーのひとりとなるのである。町へ出ては騒動に巻き込まれ、ときには忠相の自宅を訪問。驚く面々に「忍びじゃ」と笑うが、キンキラ上様ルックで、とても忍びとは思えない。

 このドラマの大きな強みは、事件解決の面白さや謎解きが楽しめる捕物帳であり、奉行や江戸に暮らす人々のお仕事ドラマであり、さらには越前を囲むホームドラマでもあるということだ。

 事件は凶悪な強盗、放火、誘拐など凶悪犯罪からスリ、コソ泥など毎回幅が広い。もともと百年以上前から語られた講談「大岡政談」や落語などを基にした話もあり、人情味もたっぷりだ。たとえば因業な大家に仕事道具をとりあげられそうになった若い大工に忠相は、「手間賃から毎日少しずつ返済せよ。大家は必ず受取を書くように」と言い渡す。毎日返済とは一見、大工に厳しいようだが、おかげで大家は早朝、夜間問わず大工の都合のいい時間にたたき起こされてわずかな返済金のために受取証文を書かねばならなくなった。紙代はかかるわ、眠れないわで、ついに意地悪な大家が根を上げる…こんな裁きに庶民は拍手喝采するのである。他にも有名な「三方一両損」「生みの母と育ての母の子争い」など、昔から庶民が拍手喝采してきた名裁きは、何度見ても楽しい。

 お仕事ドラマとして、毎回出てくるのは、江戸時代に実在した庶民のための無料診療所・小石川養生所。けが人や病人が次々運び込まれる養生所は、元祖ERといえる。そこで働くのが、忠相の親友の榊原伊織(竹脇無我)だ。長崎で学んだ蘭方医にして剣の心得もある伊織は、しばしば犯行を裏付ける重要な証言をお白州でも披露する。その腕がどれだけすごいかと言えば、「あのとき、あの男は手に汗をかいていた。それはウソを言っている証拠だ」「あれは人間の血ではない」など、ウソ発見機もDNA鑑定もびっくりの精密さなのである。

 もちろん家族や部下も強い味方だ。しっかり者の愛妻・雪絵(宇都宮雅代のちに酒井和歌子、平淑江)や喧嘩っ早い忠相の父・忠高(片岡千恵蔵)と心優しい母・妙(加藤治子)。老練な与力・村上源次郎(大坂志郎)や熱血漢の風間駿介(和田浩治)、岡っ引きの辰三(高橋元太郎)など、名優たちが持ち味を出して、忠相を助ける。

 11月に放送される「大岡越前第5部」の第二話「すり替えられた薬」は、病で倒れ込んだ娘(大関優子)を伊織が養生所に運び込んだことから始まる事件。大店「武蔵屋」のわがまま娘である彼女は、養生所の貧しい食事を拒否。しかし、急患の少女の腫物の膿を口で吸って助けた伊織の仕事ぶりに感動する。その矢先、伊織は武蔵屋が住民を追い出そうとしていた長屋の病人に毒薬を処方し、殺したとして捕らえられてしまう。証拠が出にくい事件で、伊織の無実を信じ、忠相と部下たちは必死に探索を続ける。

 私は何度か加藤剛さんに取材したが、きちんと質問に応えられるように自ら忠相について調べたメモを持参され、公明正大な奉行を演じるのにぴったりな誠実な人柄に感動した。聞けば、伊織役の竹脇無我さんとは、プライベートでも家族ぐるみのつきあいになり、京都の産院で「無我さんのお子さんが生まれた!」と聞いて、剛さんが駆けつけたら、撮影中の父親の無我さんより先に到着したなんてこともあったという。

 放送は「水戸黄門」と交代でしたが、撮影は黄門様の東野英治郎が高齢ということもあって、「水戸」が春や秋中心。「大岡」は夏や冬の撮影で、京都の厳しい暑さと寒さとの闘いだった。特に盗賊を追うのは夜が多いため、冬の寒さはこたえた。白洲のシーンでは人名や町名など毎回固有名詞がたくさんでてきてややこしいため、滞在するホテルの部屋でかなり練習したというのも加藤剛さんらしい。努力と熱意の名裁きをじっくりと堪能したい。

今回ご紹介した作品

大岡越前 第5部

放送
時代劇専門チャンネルにて11月22日 ひる12時~ほか放送中
配信
Amazonプライムビデオで配信中

情報は2022年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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