ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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鬼平犯科帳 本所・桜屋敷

2024/1/25配信

新しい「鬼平」の時代が始まる!

「火付盗賊改方、長谷川平蔵!」
この名を聞いただけで、江戸の悪人たちが怖気づく。鬼平こと長谷川平蔵と盗賊の攻防を描く新シリーズの第一弾「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」が1月8日に時代劇専門チャンネルで放送された(次回は1月28日)。主演は十代目・松本幸四郎。若き鬼平を息子の八代目・市川染五郎が演じている。

 物語は、鬼平が昔の悪仲間の彦十(火野正平)や道場仲間の親友・岸井左馬之助(山口馬木也)と再会。それをきっかけに、かつて出会った美しい娘ふさ(原沙知絵)、剣の恩師(松平健)がからむ事件を追うことになる。盗賊との闘いの中に、人の運命の不思議、善と悪が紙一重のこの世の切なさなどが織り込まれたスペシャルドラマだ。

 累計発行部数3000万部を超える池波正太郎の小説を原作とする「鬼平犯科帳」は、これまで時代を代表する俳優たちが主演し、ドラマ・映画化されてきた。

 69年には、作者がこの人をモデルに「鬼平」を執筆したという“元祖鬼平”八代目・松本幸四郎で初ドラマ化。75年にはスタイリッシュな異色鬼平となった丹波哲郎が登場。この「鬼平」は「鬼平犯科帳75」とも呼ばれ、丹波は当時人気の刑事ドラマ「Gメン75」にも出演していたため、江戸でもボス、東京でもボスとなった。さらに80年には、重厚感と娯楽性を打ち出した萬屋錦之介、そして時代が平成へと移った89年からは、中村吉右衛門が約28年間、鬼平を演じて、「火付盗賊改方長谷川平蔵である!」の豪快な名乗りシーンも人気となり、95年には「劇場版 鬼平犯科帳」も公開された。

 吉右衛門主演の「鬼平犯科帳FINAL」から8年。元祖鬼平の孫にして、吉右衛門の甥でもある十代目・松本幸四郎が新たな鬼平就任が発表されて約3年。ファンとしては、ついにこの日が…と感慨深い。

「鬼平」シリーズの魅力はどこにあるのか。

 まず、第一に挙げたいのは、鬼平の人柄。
 放火、強盗殺人など江戸の凶悪事件を専門に扱う特設警察「火付盗賊改方」の長官(おかしら)だけに、平蔵には鋭い洞察力と行動力がある。だが、それだけではないのがミソで、“本所の銕” (銕三郎)と呼ばれた若いころの平蔵は手のつけられない不良男だった。

 今回の新作では、これまであまり詳しく描かれてこなかった鬼平の原点、本所の銕の姿がくっきりと浮かび上がる。市川染五郎といえば、22年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の若武者・木曽義高役や映画「レジェンド・アンド・バタフライ」の森蘭丸役で、その美少年ぶりが評判となったが、今回は着流し姿で、無頼者相手に大暴れ。その暴れ方にも本所の銕らしいこだわりがあるという。こうした役柄は初めてで、その着流し姿は、撮影当時、18歳という若さながら、なかなかに色っぽい。またまたファンを増やしそうである。

 若いころ、裏社会を知ったからこそ、そこに潜む悪がわかる。それだけに弱い者を傷つける悪人には徹底的に厳しく、「逆らう者は容赦せず斬れ!」とその場でたたっ斬ることもある。その決断は、鬼平ならではだ。

 また、美味いものを愛し、元盗賊の密偵たちや日陰に生きる女たちとも身分を超えてつきあう。部下の失敗を自分の責任として受け取る懐の深さもある。いつも心配をかける妻の久栄(仙道敦子)には心底優しいし、心を痛める親友にも寄り添う。鬼の平蔵は、酸いも甘いも知り尽くしたおとなの男。「理想の上司」とも言われるのも納得だ。

 第二の魅力は、事件探索のサスペンス。
 張り込みや変装、潜入、情報戦による盗賊の追跡は一歩間違えば、命のやりとりになる。それゆえ、鬼平と部下、密偵たちとのチームプレーは重要だ。同心たちをまとめる佐嶋忠介(本宮泰風)、酒井祐助(山田純大)といった有能な部下とともに、女好きのお調子者同心・木村忠吾(浅利陽介)など個性的な火付盗賊改方の面々の活躍にも注目だ。

 なお、池波作品には、盗賊にも商家に雇われて手引きをする「引き込み」や家の見取り図などを作る「なめ役」、平然と人を手にかける凶悪な「いそぎばたらき」など独自の用語もあり、それを知ることでぐっと江戸の闇に没入できる仕掛けだ。

 そして、もうひとりの主役ともいえるのが、鬼平チームが追う盗賊たち。過去のシリーズでも、歌舞伎の名優・中村又五郎(先代)、23年に亡くなったコメディアンの財津一郎、「渡る世間は鬼ばかり」などでホームドラマの父親役でも活躍した藤岡琢也など、多彩な盗賊たちが登場。他ならぬ松本幸四郎自身も、11年吉右衛門版「鬼平スペシャル」の「盗賊婚礼」というエピソードで兇賊との婚姻を持ちかけられる盗賊を演じたことがある。

 新作では、盗賊の要は誰なのか? ここも見どころのひとつになりそうだ。
 演出は、助監督時代、吉右衛門版「鬼平」第一シリーズ第一話のカチンコ(撮影開始を合図する拍子木)を鳴らした経歴を持つ山下智彦監督。脚本は大河ドラマ「風林火山」の大森寿美男。京都松竹撮影所のスタッフにより、鬼平が愛用する銀煙管は、吉右衛門が愛用したものが用意され、幸四郎は感激したという。

  5月10日には劇場版「血闘」も公開される。
「火付盗賊改方、長谷川平蔵!」幸四郎の名乗りとともに新しい「鬼平」の時代が始まる。その瞬間を、バッチリ見つめたい。

今回ご紹介した作品

鬼平犯科帳 本所・桜屋敷

放送
時代劇専門チャンネル

情報は2024年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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