地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
橋ものがたり「約束」
2024/2/20配信
現代にも通ずる江戸のささやかなラブストーリー
突然ですが、みなさんには「想い出の橋」がありますか。
故郷の川にかかる橋、通学で走った橋、電車から毎日眺めた橋など、現代でも橋は、いろいろな形で人の心に残る。その「橋」に着目した作家・藤沢周平の短篇集が『橋ものがたり』(新潮文庫/実業之日本社刊)。「約束」は、その中の一篇を原作にしている。
物語の主人公・幸助(片岡千之助)は、こどものころから、幼なじみのお蝶(北香那)と心を通わせていたが、一人前の錺(かざり)職人になるため、8年の年季奉公に出ることになった。引っ越すことを告げに来たお蝶に、幸助は5年後に年季が明けるその日の暮六ツ、萬年橋で会おうと約束をする。その約束を心の支えにひたむきに暮らす二人だが、幸助には誰にも言えない秘密ができ、お蝶にもつらい事情ができていた。
そして、約束の日、お蝶のためにこしらえた大事な簪(かんざし)を懐に入れた幸助は、萬年橋にやってきた。約束の時刻、川辺から彼女の姿を幸助は探すのだが…。
このドラマの注目点は、原作が藤沢周平であること。監督・脚本が国民的ドラマ「北の国から」で知られる杉田成道であること。そして、新進のキャストと物語のメイン舞台となった「橋」が素晴らしいこと。この三点だ。
藤沢周平といえば、池波正太郎、司馬遼太郎とともに「一平二太郎」と称される人気時代小説家。二太郎が歴史上の大人物をメインに壮大な作品も手がけてきたのに対して、藤沢は庶民や下級武士の喜びや哀しみ、葛藤を描き、多くのファンを魅了してきた。映像化作品も数多く、「たそがれ清兵衛」、「蟬しぐれ」、「三屋清左衛門残日録」シリーズなどが知られる。『橋ものがたり』を原作とした作品では、失踪した父と酒場で働く母を見つめる少年を描いた「小さな橋で」(松雪泰子主演)や江戸に舞い戻った老博徒の物語「吹く風は秋」(橋爪功主演)などがある。
「藤沢作品には、人生の機微が描かれている」という杉田監督の演出は、粘り強さで有名だ。リハーサルをしっかり行い、現場では納得がいくシーンになるまで同じカットを何度も撮る。にこにこと表情は優しいが、子役もおとなの俳優も区別なく、指導は厳しい。「小さな橋で」では、子役が下駄で走るシーンを何回も繰り返し、下駄が割れたほど。私は、別の現場で80歳を超えた名優に「杉田監督に『もう一回』と言われると、自分はまだまだだなあと思いますよ」と聞いて、驚いたことがある。今回、幸助のこども時代を演じた小谷興会も「監督の『もう一回』」は強く印象に残ったという。杉田監督、おそるべし。
その杉田監督にしっかりと食らいついたのが、主役とヒロインの二人。歌舞伎界のホープとして注目の片岡千之助は、「歌舞伎の動きにならないように気をつけた」と語り、映像経験も豊富な祖父・片岡仁左衛門にも電話でアドバイスをもらったという。千之助の幸助は、未熟さと危うさを漂わせながら、お蝶への純な気持ちを見せる。また、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」「どうする家康」などで注目を集め、監督が「怪物」と呼ぶほどの演技を見せた北香那は「杉田演出にぞっこんで、楽しくてわくわくしながら向かった」。お蝶は、言いたいことを何度も飲み込み、涙を流しながら、心の内を静かに表現する。
橋爪功、風吹ジュン、武田鉄矢、余貴美子、浅野和之など、彼らに関わるおとなたちもそれぞれにいい味を出す。中でも初の映像作品出演となった望海風斗が見せた女の怖さ、したたかさ、奥に秘めた優しさは、登場するたびにドキリとさせられた。三味線を弾く艶っぽい存在感もいい。
今回、舞台となる萬年橋は、創建350年の岩国の錦帯橋で撮影している。映像化に着手し始めた時から、監督が「ここだ」と決めていた橋だった。千之助と北は、「風の吹き方ひとつで世界が変わって見えた」とその情景の美しさに感激していた。
私はこのロケを取材した。こども時代のお蝶が、奉公に出る幸助を見送る場面。欄干に走り寄って、手を振るお蝶。その顔の向きや手の振り方、ひとつずつていねいに変えながら、幾度も幾度も撮影するのは、さすが杉田監督。完成したシーンでは、お蝶の素直さと切なさが全身で表現され、胸打たれた。
また、約束の日に幸助が橋までやってくる場面。多くのエキストラが、橋を行き交う。日本屈指の観光地だけに、国内外からの観光客が江戸の人々に扮した出演者を興味深く見守っていた。
思ったようにいかないのが人生。それでも人は生きていく。初恋を忘れられない幸助とお蝶も、おとなになっていく過程で、傷つき、悩み、もがいている。現代に生きる我々と同じなんだなあ。そんな風に思いながら、ジーンとくるのが、藤沢作品の魅力だ。
ろうそくの灯り、雨、夕景、川面の光、映像美もみどころのひとつ。あたたかい光の中で、二人に幸せになってほしい。そう願わずにはいられない。江戸のささやかなラブストーリーです。
今回ご紹介した作品
橋ものがたり「約束」
時代劇専門チャンネルにて2月25日(日)ひる12時ほか放送
情報は2024年2月時点のものです。