ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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どてらい男(ヤツ)

2024/10/15公開

ど根性で最高視聴率は35.2パーセント! 日本を励ました伝説のドラマ

©カンテレ

 コロナウイルスが広まり始めたころ、なぜかトイレットペーパーが不足するという噂が広まり、多くの人がスーパーやドラッグストアに買いに走った。実はそれと同じ買い占め騒動が1973年の日本で起きていた。当時は、第一次オイルショックで、高度経済成長の夢は壊れたころ。元気をなくした日本人の前に、拳を掲げて「わいは、やったるぞ!!」と、どかんと現れたのが、ドラマ「どてらい男」だった。

 舞台は、大阪・立売堀(いたちぼり)。昭和3年、小学校卒の‟もーやん”こと山下猛造(西郷輝彦)は、親友の尾坂(田村亮)と機械工具販売店の丁稚見習いとなった。猛造は先代社長の娘・弥生(由美かおる)や支配人(大村崑)と出会い、熱心に仕事に励む。

 しかし、店を継いだ先代社長の弟・文治(沢本忠雄)と、その取り巻き社員に目の敵にされることに。中でも番頭の竹田(高田次郎)は執拗に猛造を追い出そうと嫌がらせを繰り返す。ついには弥生を巡って、猛造と売上対決に。形勢不利とみた竹田は、後輩社員の売り上げをこっそり自分に回せと裏工作までするのだ。

 やがて、戦争が激化する中、猛造は思いきって東京へ出て陸軍への営業に挑む。いよいよ独立を決意するが、稼ぎ手の猛造を引き留めたい文治は、猛造が不祥事をしたとフェイクニュースを流そうとしたり、得意先の未収分全額回収を命じたり、独立を妨害する。パワハラという言葉も働き方改革もない時代とはいえ、ほぼ犯罪だよ……。

 みどころは、こんな圧力や罠を猛造が、どうはねのけ、反撃するか。

©カンテレ

 注目したいのが、猪突猛進で失敗も多いもーやんを見込んで、商売のイロハを教える伝説の商人‟将軍さん”(笑福亭松鶴)の存在だ。将軍さんは、「お前は主人に盾ついた悪者や」「念には念を入れ」などと諭す。泥臭さの中にクールに世を見つめる目を持つ将軍さんの言葉は、令和の今も参考になる。

 その後、猛造は故郷の従妹・茂子(梓英子)と結婚。やがて徴兵され出征。終戦後、捕虜収容所から苦難の末に復員し、焼け野原の立売堀に立った猛造は、復興と商売拡大を誓う。だが、茂子とは哀しい別れが……。

 何があってもへこたれず、商売にまい進する主人公に「勇気をもらった」「励まされた」と共感を呼び、最高視聴率は35.2パーセントを記録。猛烈な男の人生が全181話。毎週放送されたというだけでも「伝説」といえる。

 このドラマを語る上で欠かせないのは、名脚本家・花登筐と、連ドラ初主演で本格的に俳優として活動を始めた西郷輝彦の出会いだ。

 もともとこのドラマは、関西テレビ開局15周年記念作品で、人気脚本家の花登が、実在の専門商社「山善」の創業者・山本猛夫をモデルに書いた連載小説を自ら脚色したもの。超多忙の花登は、ゴルフ場でも焼き肉屋でも、新幹線でも作品を書き上げる「新幹線作家」と呼ばれていた。バタバタの中で出来上がる台本だが、「裸、裸、裸が一番よろしいな」と裸一貫で「どてらい店、作ったるわい!!」と独立するもーやんの宣言など、花登ならではのユーモアとキレのいいセリフは、視聴者にも俳優陣にも愛された。

 西郷が座長を務めた梅田コマ劇場の芝居の演出をしていた花登は、「これ、よかったら君で考えてるから、読んでみて」と原作の文庫本5冊を渡した。読み始めた西郷は、あまりの面白さに一晩で読み切って、「ぜひ、やらせてください。この役は僕しかいません!」とお願いしたという。1964年、「君だけを」でデビューし、「星のフラメンコ」などが大ヒットして「御三家」「アイドル」として大人気だった西郷だが、心の中では役者志望もあったのだ。

 とはいえ、放送期間の半年はドラマにかかりきりで、歌番組には出られなくなる。役作りのため、坊主頭になる必要もあった。26歳の人気歌手には、ハードな条件だったが、なんと「断髪式」を決行して撮影に臨んだ。しっかり話題作りをするところも、アイデアマンのもーやんと共通しているのかもしれない。

©カンテレ

 私は西郷輝彦はじめ、関係者に取材をしたが、印象に残ったのが、敵役のエピソードだ。

 出演者が集まって飲んでいた際、酔客が高田次郎に「お前は竹田やないか」と役と重ねて嫌なからみ方をしてきたことがあった。大事には至らなかったが、心配する西郷に、高田はきっぱり「何言うとんのや。役者冥利に尽きるとはこのことや。俺の芝居がよかったということやないかい。それくらいの覚悟がのうて、こんな役ができるかい!」と言い切ったという。

 作家も熱いが、出演陣も熱い。どんなセットもスタジオに作ってしまうスタッフ(なんと捕虜収容所も作り、100人のエキストラがひしめいたこともあったという)も熱い。画面からあふれる熱を感じると、不思議に元気になる。泥臭いのに、爽快感がある。こんな体験、してみてください!

今回ご紹介した作品

どてらい男(ヤツ)

放送
時代劇専門チャンネルにて木曜22時~放送中

情報は2024年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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